コバーズキッズ会長兼CEO・小林幸典 日本再生をどうするか?「預かる福祉」から「育てる教育」へ

「保育・幼児教育を人的資本の戦略投資と捉え、産業界が共同声明を出して社会的な役割を果たして欲しい」─。こう強調するのは山梨県甲斐市で株式会社による保育園の運営を手掛けるコバーズキッズ会長兼CEOの小林幸典氏。縦割り行政や低待遇、劣悪な労働環境などが相まって保育業界は危機的な状況にあると警鐘を鳴らす。そして自ら提言書をまとめ、産業界を動かそうとしている。小林氏が経済界へ渾身の提言の中身とは?

 未曽有の少子化に直面

 ─ 小林さんは定年退職した後、2018年に山梨県で株式会社による保育園の運営を始めました。保育園の運営を通じて保育・幼児教育の在り方についてどう捉えていますか。

 小林 大変な危機感を感じています。日本は未曽有の少子化という国家的課題に直面していることに加えて、日本の幼児教育への公的支出は際立って低い。OECD(経済協力開発機構)諸国との比較で見ても、幼児教育支出のGDP比は0・1%にとどまり、平均の0・8%、北欧諸国の1%以上に比べても圧倒的に少ないのが現状です。

 ─ どうしてそのような状況になっているのでしょうか。

 小林 依然として「昭和の福祉モデル」の中に閉じこもっているからだと思います。幼児1人当たり支出でも日本は6247㌦で、OECD平均の8070㌦、北欧諸国の9500~1万㌦と大きく水をあけられています。その結果、保育士の全国平均年収も約407万円と、小学校教諭の約726万円と差がついてしまっています。

 この約320万円という処遇格差が保育士不足に拍車をかけているのです。その結果、優秀な人材も確保できずにいるわけですが、このことは産業界にも認識されておらず、格差是正をしなければ保育・幼児教育制度の持続可能性は危ぶまれ、幼児教育の崩壊すら招きかねません。

 ─ 抜本的な制度改革が必要だということですね。

 小林 そうです。特に保育を「社会保障」と捉えるのではなく、「人的資本」と捉え直すことが求められます。さらに、我々保育事業者も理事長や社長、園長などの経営幹部がガバナンスとマネジメントをしっかり学ばなければなりません。

 ガバナンスやマネジメントの不足が不適切保育の誘因や保育士の労働環境の悪化を招き、保育士離職を加速させているのです。

 ─ なぜこのような状況が生まれてしまったと考えますか。

 小林 保育というものを「預かる福祉」として捉えてしまっていることが一因だと思います。あくまでも福祉の一環として位置づけられていて、「育てる教育」という視点と社会環境の変化への対応が欠如しているのです。その結果、所管は厚生労働省(現在はこども家庭庁)になってしまっています。

 ─ 教育は文部科学省ですから幼稚園は同省の所管です。

 小林 ええ。保育・幼児教育にまつわる環境が縦割りで一貫性がなく、いわゆる省庁間の連携が不十分なままなのです。それに加えて、保育園と小学校と連携が出来ていません。その結果、保育園を卒園して小学校に進学した子どもたちの不登校が最近非常に多くなっています。

 そしてもう1つの要因は保育の質を測る共通評価指標や評価制度が整備されていないという点です。OECD諸国と比べて日本は制度・環境・待遇・地位が劣後しています。例えば、保育士の適正配置基準があります。

 適正配置基準や待遇で劣後する日本

 ─具体的には?

 小林 OECD諸国では保育・幼児教育の質の向上と、子どもの発達、学習、ウェルビーイングの促進のため、厳格な配置基準で職員を多くしています。内面的なスキルや心の部分を指す「非認知能力」を育むために、基準は3歳児7人に対して保育士1人ですが、日本は30人に対して1人です。

 25年に25人に対して1人に緩和されましたが、OECD諸国では7人以下にする流れです。やはり保育士の目の届きやすい体制を志向しています。

 ─ 保育の質にもつながる話になりますね。

 小林 はい。さらに先ほど申し上げたように、保育の質に直結する労働環境は厳しく、待遇は良くありません。結果、若い世代に保育士になろうとする人からは避けられ、養成大学の学生も減少し、資格を取らずに民間企業に入るケースが増加しています。

 そして、国は潜在保育士を現場に戻すべく働きかけをしていますが、課題の核心に対策が打てていないのが実情です。

 ─ 潜在保育士はどのくらいいるのでしょうか。

 小林 保育士の免許を保有している人が直近で約190万人いると言われています。しかし、保育園に勤めている保育士は約68万人にとどまり減少をしています。

 さらに約111万人は保育の仕事に就いていないのです。その主な理由は、低賃金、過重労働、および職場での人間関係が良くなかったりして現場への復帰を望まないためです。

 ─ 国が主導して税金を投入するなどの大胆な政策の転換が求められますね。

 小林 そうですね、日本はOECD諸国と比べて、幼少期の人材育成などへの資金が少なく、投資と考えていないのが現状です。

 また、保育・幼児教育には目的や目標はあるものの、その結果を評価できていません。これは非認知能力や、幼児期に必要な最低限の認知能力、社会性、レジリエンスといった長期の成果を見るための共通評価指標や評価制度が整っていないためです。

 日本の保育は経験主義のため現場での再現性に劣り、科学的なエビデンスが不足しています。一方、欧米は必ず統計的な調査やテストをし、その結果に基づいて判断を下します。

 後れをとる保育現場のICT化

 ─エビデンスをとるための環境整備も進んでいない。

 小林 はい。特に国、地方自治体、日本の保育現場は、効率化の面でのICT化・デジタル化・DX化に後れをとっています。多くの園は施設型給付費でデジタル機器導入へ資金を回せないなどを理由に、これまで手書き文化で運営されています。

 年配者の「今さら覚えるのも大変」という拒否感が強い上に、経営者側によるICT化で効率化を進める考えも弱い。

 実際、子どもたちの1日の保育記録を手書きにしている保育園が多く、中にはパソコンが1台しかない施設や、園のホームページがないところも多数あります。働き方改革に関心が低いのが実情なのです。

 これは国にも言えますが、ICT化の遅れが保育園や地方自治体に膨大な申請作業時間と費用の負担を強いています。国の管理の主眼は、本来の保育の質向上ではなく、ただ書類の正確性に置かれています。

 具体的には、保育士の常勤・非常勤、勤続年数、保育士歴、給与額とその増減、研修履歴などの単純な履歴を処遇改善加算のために施設型給付金申請書類として、時々変わるアナログ書式に記入・提出を求められています。

 まずは、国がデジタル化・システム化・DX化を進め、保育園や地方自治体の作業が効率的に進められるような改革を行うべきです。

 ─ 処遇改善加算のためのキャリアアップ研修をしたのだから現場の質は上がっているのですか?

 小林 いいえ、国はただ研修の受講終了証だけを求め、加算資金を出すだけです。成果を測らないため、保育士の質も測定できず、成長意欲にもつながりません。国が言うキャリアアップ研修を行う意味はどこにあるのかと考えてしまいます。

 そして、その保育士のキャリアアップ研修が重要なら、受講履歴を国がデータベース連携で紐づけておけば処遇改善加算申請など現場の煩雑な作業負担が解消されるのですが、なぜアナログ処理を行うのか。理解ができません。

 ─経営情報の見える化が開始されたと聞きましたが?

 小林 はい、今年からこども家庭庁は保護者、就職希望者、社会全体向けに、保育園の経営情報の見える化施策を開始しました。これは、各園の給付金の人件費比率やモデル賃金などをデータベース(DB)上に公開し、誰でも閲覧できる仕組みです。

 しかし、保育士の集団離職や不適切保育が連日報道される現状なのに、保育の質を比較するなら良いですが、経営情報の見える化で低賃金の実態を公開して、本当に狙いの効果が期待できるかは疑問が残ります。

 それは、保育施設は国の施設型給付金を財務基盤としており、支給額は施設類型別に園児数と保育士数、処遇改善加算認可に基づいて決定されます。この給付金収入の約70%を目安に人件費に充てることが施設に求められているのです。

 低給付金収入の最大の要因は国の給付金の絶対額が非常に少ないことです。民間企業の全国平均年収497万円、小学校教諭年収726万円に対し、保育士の全国平均年収407万円と低収入で、様々な職種で見ても最も低い方の収入になっています。

 この受け皿である保育・幼児教育現場への予算増額・拡充が絶対的に必要であり。いま国が取り組むべきことは低賃金で加重労働の解消で、保育の高い質と働きがいのある職場にすることです。これが最も優先順位が高いはずです。

 ─ では、先ほど小林さんが指摘した保育の質を測るには、どのような評価制度が求められてくると考えますか。

 小林 私が提案する評価制度は「JQA(日本経営品質賞)」をモデルとした保育版JQAです。この「JQA―ECEC(仮)」を保育園に実装することを提案したいと考えています。評価軸は「子どもの発達」「保護者との関係」「組織とガバナンス」「地域連携」「保育環境」「ICT・記録・可視化」などです。

 ─ なぜJQAなのですか。

 小林 JQAは日本生産性本部が創設したものですが、このモデルを提案するのは、私がリコージャパン山梨支社長のとき、日本経営品質賞評価基準を県内の中小企業向け実践講座として3年間開催した経験があるからです。

 事例として、韮崎市の高信頼性ワイヤーハーネス製造・加工の「ササキ」があります。同社は東京エレクトロンの一次下請けです。先代から今の佐々木啓二社長に交代後、講座に参加しリコーの製造現場やJQAの勉強会で経営を深く学びました。

 社会的責任と経営の原点を捉え直し、ビジョンとリーダーシップを育み、社員育成や戦略立案に尽力して現在の素晴らしい会社を築き上げました。

 経済団体に向けた提言書

 ─ そういった民間の発想を保育園運営にも導入すると?

 小林 保育園の理事長など、運営側に経営という視点が欠けているケースが多いため、民間の発想を導入すべきです。そこで、保育園版JQAである「JQA-ECEC(仮)」を創設し、日本生産性本部に審査してもらうことで、しっかりした保育園経営が可能になると考えます。

「JQA-ECEC(仮)」は保育と教育を一体化した評価制度となります。これは保育園自体が変わるための提言です。

 このテーマをまとめた「人的資本としての保育・幼児教育再構築に向けて」と題した提言書を、日本経済団体連合会などの経済団体に提出する予定です。この提言書の骨子は単なる制度改革ではなく、保育・幼児教育の再構築を国家的課題として位置づけ直すことを提案しています。

 保育・幼児教育を人的資本への戦略投資と捉え、産業界が共同声明を出し、社会的な役割を果たすことを求めます。具体的には、企業の純利益の1%を社会貢献費に充てる「1%基金」を「こども未来共創基金(仮称)」として創設し、保育・幼児教育基盤の整備に活用するべきです。

 そして、産学官の連携によって評価改善をDX化し、業界全体の透明化と持続可能性を担保します。これにより、必ず見本となるような優良な保育園が出現すると期待されます。そうした優良な保育園をベンチマーキングの対象として評価し、他の保育園が学び合っていく姿勢が求められます。

 保育業界の問題は単なる家庭の問題ではなく、国家経済と企業経営に直結する深刻な構造的課題です。今こそ産業界も「人的資本への投資」として保育・幼児教育に本気で向き合う必要があります。世界に誇れる日本の保育・幼児教育の実現に向けて取り組んでいくべきです。