
サービス業などが 重要になる!
─ 今年6月に8代目の会長に就任しました。日本生産性本部は1955年に設立されましたが、この間、日本は高度経済成長を経験し、人口減少社会を迎えて「失われた30年」に代表される成熟社会となりました。この環境の中でいかに生産性を上げていくかが大きなテーマになっています。
小林 日本生産性本部は産業界(経済界)、労働界、学識者の三者構成で、「生産性運動三原則」(①雇用の維持・拡大、②労使の協力と協議、③成果の公正な分配)の下、日本の生産性運動を牽引してきました。これから本格的な人口減少社会に突入しますが、その中で成長を実現させるためには、労働生産性を高めていくしかありません。
ただ足元では社会情勢が大きく変化しています。7月の参院選の結果を見ても、新興政党が一定の支持を得ました。これは、明らかにこの30年の停滞に対して国民、特に若い人が不満を持っていることを示しています。
しかも、この2~3年で急激に円安が進みました。外的要因も大きいとはいえ、長く続いたデフレから一気に物価高に直面しています。特に食料品やサービスの価格が急騰しているため、国民の生活にダメージが出ている。その実感があるのでしょう。
─ 既成政党がそれに対する手立てを打っていないと。
小林 ええ。国民の間には既成政党のアクションがあまりに遅かったという不満もあると思います。今後についても全く予断を許しません。誰も明確な答えを持っているわけではありませんが、その中でも皆で一緒に考えていく。それが我々のスタンスになります。
─ 一方で、世界中で国民に迎合するポピュリズムの公約が強調される傾向もあります。
小林 そうですね。だからこそ価値創造の重要性が増しています。今までは海外から原材料を輸入して最終商品へと加工し、それを海外に輸出して経済成長につなげてきました。ところが今はそういったものづくりのスキームが通用する時代ではなくなっているのです。代わりにサービス業などのストーリー性が重要になっています。
またこれが今後の一番の肝だと思うのですが、これまでは民主主義を基調にグローバル化が進展してきましたが、ここにきて自国ファーストが潮流になりつつあります。米トランプ政権の「アメリカ・ファースト」であり、英国の「ブリテン・ファースト」です。これはドイツやフランスでも同様です。
AIとの関係を どう捉えるか?
─ トランプ大統領は「MAGA(米国を再び偉大に)」というスローガンを掲げています。
小林 ええ。ただし、米国も英国も「アメリカ・ファースト」「ブリテン・ファースト」であり、「アメリカン・ファースト」「ブリティッシュ・ファースト」ではありません。一方、日本では「日本人ファースト」が叫ばれ、「ジャパン・ファースト」「日本ファースト」ではありません。
─ 日本か日本人のどちらに主眼を置いているかですね。
小林 米国は長い間、移民で成り立ってきた国です。トランプ政権では南のメキシコなどから来る移民を排斥したりもしています。スローガンもそういった歴史的な背景に由来しているのかもしれません。少なくとも、その点は日本とは違います。
日本では移民という言葉がタブー視され、議論もなかなか本気で展開されません。それは財政再建でも同じです。データでは改革が不可欠であることが示されているのに、まだまだ金融緩和や財政出動をすれば経済が元気になるという政策が見られるわけです。
安倍晋三政権時に積極的に財政出動を行いました。これで一定程度、経済は元気になりました。ただ、米国と比べれば日本が相対的に成長できているわけではありません。株価も上がりつつありますが、新たな付加価値は生んでいません。
実際、日本の2024年の名目GDP(国内総生産)は世界4位、1人当たりでは38位です(IMF推計)。これをどう引き上げるか。やはり生産性を向上させていくしかありません。そのための議論と考察と具体的なアクションをどうすべきか。ここが大切なポイントになります。
─ 人口減が明らかな中、2024年末の日本の在留外国人数は約376万人です。
小林 はい。まだ相対的に少ないレベルですが、今後、間違いなく外国人政策に関する議論が必要になってきます。ただ、その際に問題になってくるのは、先ほどのナショナリズムの台頭とデジタルやAIとの関係をどう捉えていくかです。
今後の大きなテーマの1つとして、世界でナショナリズムが台頭し、サプライチェーン(供給網)が極めて大きく変わっていく中で、ASEANやグローバルサウス、BRICsをどう位置付けていくかという点があると考えています。
もう1つは、AIをはじめとする新しいテクノロジーとどう向き合っていくかです。またそれを支える半導体やバイオ、量子コンピューティング、そして自動運転やシェアリングエコノミーなども重要課題です。
ただ、これらの領域では米国や中国が先進的で、日本は規制改革を含め遅々として進んでいません。規制緩和や構造改革に早急に取り組まなければならないでしょう。特に私が重視するのはAIです。AIは人間の哲学や世界観を変えると思います。
死ぬ運命の人間と 永遠のAI
─ どのように変えますか。
小林 AIは、論理的思考を司る人間の左脳より遥かに優れて発達しています。その代わり、膨大なエネルギーを消費します。いかにそのエネルギーを調達するかが重要なポイントになってくるわけですが、もはや生成AIが人間よりも素晴らしい提案をしてくることは間違いありません。
既に将棋や囲碁では人間がAIに負けています。走るスピードで人間がチーターに到底及ばないのと同じように、論理的思考における頭脳のレベルでも明らかに人間が勝てないといったことが起こり始めています。
─ 一人ひとりが考えなければならないテーマですね。
小林 その通りです。さらに言えば「マン・イズ・モータル(Man is mortal)」、すなわち「人は死すべき存在」です。80年~100年しか生きられない肉体を持つ人間には限界があるわけです。ところがロボットやAIの命は無限ですし、疲れることも忘れることもありません。
例えば、どんなに人間が百科事典の知識を頭に入れても、AIには勝てません。それだけでなく、人間は最終的に死すべき運命にあり、死んでしまうとその人に蓄積されていた情報が残り続けることはありません。個人が英語を覚えようが、百科事典の内容を覚えようが、その人が死んでしまえば終わりです。AIに移しとれば別ですが。
─ 全てが無になりますね。
小林 ええ。ここがAIと絶対的に違うのです。AIは永遠に残り続けます。そしてデータは蓄積され続けます。人間は命がなくなるとそこで終わってしまうので、歴史という積み重ねはあっても、個人レベルでの蓄積性はあまりないのです。AIというフィルターを通じて、従来の哲学、デカンショ(デカルト、カント、ショーペンハウエル)やニーチェ、サルトル、カミュを見直してみるのも興味深いことですね。
─ そうすると、人はどういうスタンスでAI社会に臨んでいくべきだと思いますか。
小林 弁護士や会計士といった職業はより難しくなるでしょう。AIに聞いた方が遥かに速く優れた回答が返ってくるかもしれないからです。つまり、言語力や計算力などを司る左脳的な部分では、完全に人間はAIに負けている。ですから、米国企業では、ソフトウエア技術者を含め、大規模なリストラも見られるわけです。その一方でエッセンシャルワーカーの価値は上がっていきます。
そういった点と生産性をどう絡ませていくか。そして、人間の幸せやウェルビーイングとどう両立させるか。人間は幸せのために懸命に働いて生きているのです。その働きの一部をAIの奴隷にするのではなく、AIとの共同作業にしていくべきです。
─ AIとの共存ですね。
小林 そうですね。ただ、人間の脳とは違い、AIは非常にエネルギー効率が低いのです。例えば、2~3年前にオープンAIが日本での使用を想定した使用電力の推計は、5ギガワットでした。5ギガワットとは500万キロワットに相当し、原子炉5つ分のエネルギーです。
AIを動かすだけでそれほどのエネルギーを使うわけです。一方で人間の脳はご飯を食べるだけで働いてくれます。それだけ人間の脳は効率が良いということになります。 日本にはまだ チャンスがある!
─ 人とは何かという議論になりますが、国とは何かとい議論にも絡みますね。
小林 ええ。トランプ政権がMAGAを標榜していますが、GAFAM(グーグル、アマゾン、フェイスブック=現メタ、アップル、マイクロソフト)からすれば、事業を行う国はどこでもいいのです。彼らは欧州にも中東にも日本にも進出していますからね。企業は国を選べます。ですから、魅力ある国を設計しなければ誰にも日本に来てもらえない時代なのです。
その意味では、いかにして規制緩和や構造改革を行って対日投資を呼び込むかがテーマになります。これは日本の企業にも当てはまります。もちろん、愛国心はあると思いますが、企業は、とりわけ株主や他のステークホルダ―のために収益の上がるところに行くものです。企業が国家の枠を越えて戦っているのは間違いありません。企業と国家が同一だと捉えるのも誤りだと思います。
─ 日本の存在意義が問われることになります。
小林 そうです。そこをどう考えるかです。内部留保についてもバランスシート上は増えているように見えますが、その中身を見ると、海外投資に充てられているわけです。海外で蓄積しているからそう見えるだけです。これを配当金という形で日本に還流させられればいいのですが、次の投資のために再び海外に向かってしまう。
しかしながら、日本にはまだチャンスがあります。製造業の質は依然として高いですし、ものづくりに関するノウハウなどのデータをたくさん持っているからです。これは文化とも言えるかもしれません。その製造業のソフト化をどうAIと絡ませていくかです。そういった「未来から学ぶ」姿勢で改革を進めなければなりません。
日本の化学プラントも相当自動化されていますが、AIを活用したものづくりに関しては、まだ日本にも一日の長があります。従来のものづくりの延長線上に大きなイノベーションは難しいと思いますが、新しい知識やソフトをどのように導入するかという面では、いくらでも経済価値は創出できると思います。AIとの共存が成長の大きな要となるでしょう。