TAIと東北大が44番目の共創研究所を設立
FPGAを活用したAIソリューションを手掛けてきた東北大学発のスタートアップ「Tokyo Artisan Intelligence(TAI)」が11月4日、東北大学と共創研究所「Reconfigurable AI-Chip 共創研究所」を10月に設立したことを明らかにした。同日、キックオフミーティングを開催し、AIソリューションベンダから、AI半導体ベンダとなることを目指すビジョンを打ち出した。
東北大の共創研究所は2021年より制度化された産学協創による振興/発展を目指した取り組み。大学内に企業との連携拠点を設置することで、企業は大学教員の指導のもと、大学の教員や知見、設備などに横断的に柔軟にアクセスし、自社の研究に活かすことが可能となる。これまでに今回のTAIを含め、44の共創研究所が設立され、研究の推進などが図られてきたという。
TAIのCEOを務める東北大学の中原啓貴 教授は、「日本の社会問題として労働力不足が深刻化してきている。特に東北地方は人口の減少が深刻で、そこで産業を維持していくためにはAIやロボットを活用して人の作業を置き換えることを目指す必要がある。TAIとしてもFPGAベースのAIを活用したソリューションを提供してきたが、いろいろと使える場所が増えてきて、さまざまなパートナーと効率化を進めてきた結果、AIと半導体は相性が良いということが見えてきて、専用の半導体を作っていこうという話になり、その実現のために東北大に共創研究所を立ち上げることとなった」と、今回の共創研究所設立の背景を説明する。
日本のエッジAIの活用現場で求められるのは低発熱や省スペース性能
では、なぜ東北大なのか? 中原教授は「現状、AIというとNVIDIA一強だが、日本の産業の現場ではそこまでAIのパワーが要らないことが多いことが見えてきた。消費電力を落とすことで、ビジネスチャンスが広がるということで、その電力効率に優れた半導体チップを作るために、素材や回路技術に強い東北大と、顧客の用途がわかっているTAIが協力して、TAIを日本発のファブレス半導体メーカーとして育てていこうという話になった」と、エッジにおけるAI処理では必ずしもAI性能が高いことが必須ではなく、むしろ狭い場所に設置されるための省スペース性や故障を減らすための低発熱性、低消費電力性といったことが求められるということが実際の顧客との取り組みから見えてきたという。
TAIのAIソリューションが実際にどういった現場で活用されてきたのか。例えば魚の養殖場では、いけすの中にいる養殖魚を人間の目で数える必要があるが、それをAIとカメラを組み合わせて数えられるシステムを開発した。また、JR九州と協力して、新幹線の保線のために人が徒歩で行っていたチェック作業をレールの上を走るカート型の軌道モニタリング装置にAIを搭載することで、人だけの作業と比べて1日あたりの巡視距離を延伸することに成功。この技術はJR九州が、他の鉄道会社にも供給するなど、広がりを見せているという。「保線だけでなく、電線がサビていないか、などいろいろとやりたいことは増えていくが、その一方で電車や車両に搭載できるコンピュータは大きさや重量に制限がある。たくさんのAIプログラムを実行する必要がある一方、処理が増えれば熱を発しやすくなり、結果として(システムは)壊れやすくなる。TAIでは、顧客がやりたいことがわかっているため、成熟プロセスで低発熱で必要な処理能力を持たせた半導体を作ることを目指す。それが共創研究所を立ち上げた意味」(同)とする。
多彩な用途に柔軟に対応できるFPGAのメリット
ASICではなくFPGAを手掛けるのはビジネス的にも理にかなっている。FPGAは、必要な回路をプログラムで形成することができるリコンフィギュラブルな半導体の1種。1つのFPGAであっても、用途ごとに異なる回路を構成できるため、特定用途に限ったASICと比べて数を出しやすく、開発投資の回収をしやすいというメリットがある。
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Reconfigurable AI-Chipの概要。要はニーズに応じて回路構成を変更できる仕組みを持つロジック。代表的なものとしてFPGAが挙げられる。柔軟な回路構成はできるが、回路の構成次第ではロジック部分に余りが生じてしまったりするといった無駄が生じやすく、搭載ロジック数が大きければチップ/ダイサイズも大きくなり、それだけ単価も高くなるというデメリットもある。そのため、数十万、数百万個消費できることがわかっている市場であれば、電力や性能をその用途に合わせてカスタマイズしたASICの方が最適解となる
ただし、AMD(Xilinx)やAltera、Lattice Semiconductor、Microchip Technology(旧Microsemi/Actel)などが有名だが、ルネサス エレクトロニクスもForgeFPGAと呼ぶローエンドFPGAを手掛けるなど、実はプレイヤーが多く存在する分野であり、そこで選ばれる必要があるという意味では競争が激しい分野でもある。
TAIの戦略としては、単にFPGAを半導体デバイスとして提供するのではなく、自社のAIプラットフォーム「SEASIDE」に搭載して、そこにAI機能も加味して提供するというものとなる。それぞれの顧客に最適化された回路構成とAIプログラムをセットで提供することで、1案件では数百~数千程度のFPGAの使用量となるが、プラットフォームとしては同じものを別の顧客にも提供できるため、FPGAのスケールメリットが出せるようになってくる。
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AI半導体を手掛けるが、それを顧客に提供するのではなく、プラットフォーム「SEASIDE」としてAI処理そのものができる状態にして提供する点が通常の半導体ベンダとは異なる部分。独自開発のFPGAを搭載するのは次世代のSEASIDE以降ということとなる。ビジネスモデルとしてはAI学習向けにシステムごと提供するSambaNovaやCerebrasに近いといえる
設計・製造は日本・マレーシア・台湾の三極体制
TAIのAI FPGAの開発には、マレーシアの半導体デザイン企業で2014年に設立されたOPPSTARが設計協力で参画するほか、製造は台湾UMCが担当する予定となっており、製造プロセスは40nmプロセスが採用される。ちなみに、UMCの40nmプロセスは、台湾、シンガポール、日本(旧三重富士通セミコンダクター)の3つの300mmウェハ対応ファブで製造が可能だが、まだPDKを入手して設計を開始した段階であり、どのファブが製造を担うかについては決定していないという。
製品ロードマップとしては、2026年度に試作品「スティングレイ」(開発コード名)を製造し、2027年度末までに量産品「マンタレイ」(開発コード名)を製造する予定で、実際にマンタレイが搭載された次世代SEASIDEプラットフォームを顧客が活用するのが2028年との見通しを示している。スティングレイ、マンタレイともに純粋なFPGAで、回路規模は明らかにされていないが、前世代までZynq Ultrascale+ MPSoCを搭載したUltra96ボードなどを活用してきたことを考えると、同等以上の性能を実現するFPGAとなることが予想される。また、純粋なFPGAということで、コントロールのためのCPUが必要となるが、こちらはIntelを中心とするx86製品を想定。それらを組み合わせたシステムとして従来システム比で7-8割の消費電力の削減を目指す。「目標はシステムとしてヒートシンクだけで冷却が可能な10W以下」(同)という。
また、スティングレイ、マンタレイの開発の先として、第2世代FPGA「ホエールシャーク」(開発コード名)の開発も計画。こちらはメモリチップのスタックによるスケールが可能とするほか、低消費電力でより高いAI演算性能を実現することが期待されるアナログ系の回路も搭載する計画だという。
東北から日本の人手不足問題の解決を目指す
「日本市場の特徴として、現場適応力、リアルタイム処理、安全信頼性があり、現場に応じた作りこみが必要。そのためにはASICよりもFPGAの方が親和性が高いことも分かっている。日本発のFPGAということで安全保障的なサプライチェーンの懸念にも対応できる」と、同氏はTAIがFPGAを自前で開発、製造するメリットを強調するとともに、東北大と協力していくことについても「東北大が置かれている仙台は、東日本大震災以降、ものづくり×知の拠点としての再生モデルを象徴する地域。実際にAIやロボティクス、医療、鉄道など多様な実証環境があり、社会実装実験都市として理想的である」とし、共創研究所から産業に展開し、地方から始まる半導体・AI連携モデルとして、東北で雇用を生み出すことも目指していきたいとしている。
なお、中原氏は「先端プロセスを活用する微細化の競争では、1チップあたりのコストが非常に高くなる。しかし、エッジの世界では先端プロセスを活用しなくても、特定の用途に特化したり、再構成可能性で勝負できる部分が多くあり、そうした微細化によるパフォーマンス向上に頼らない勝負ができるので、TAIという会社と東北大の共創研究所で、人手不足に向かう未来の日本の社会を再構成することを目指す」と、AI FPGAを単なる再構成可能な半導体として見るのではなく、AIのソリューションで社会そのものを再構成できる存在と位置づけ、社会課題の解決につなげていきたいとしている。





