中国有人宇宙プロジェクト弁公室は現地時間8月15日、新型ロケット「長征十号」の地上燃焼試験成功を発表した。長征十号は、主に有人月探査ミッションでの使用を目的に開発中のロケットだ。6月には宇宙船の脱出試験、8月初めには月着陸船の着陸試験に成功しており、2030年に予定されている有人月着陸に向けて、開発や試験が加速している。
長征十号はどんなロケットか
長征十号は、中国国営の中国航天科技集団が開発しているロケットで、有人宇宙船や無人補給船の打ち上げ、有人月探査ミッションで使用することを目的としている。
このロケットには、有人月探査ミッション用の「長征十号」と、低軌道打ち上げ用かつ再使用型の「長征十号甲」の2つのバージョンがある。
有人月探査ミッション用の長征十号は、直径5m、全長92.5mの3段式で、2本の固定式液体ロケットブースターを装備する。
第1段とブースターには、液体酸素とケロシンを推進薬とする高性能エンジン「YF-100K」を7基クラスターで装備する。YF-100Kは、長征五号や長征七号の主エンジンとして使用されている「YF-100」の改良型にあたる。すでに、YF-100Kを4基装備した「長征十二号」ロケットが打ち上げられており、これまでに2回の飛行実績をもつ。
第2段にはYF-100Kを真空用に最適化した「YF-100M」を2基装備し、第3段には液体酸素と液体水素の「YF-75E」エンジンを2基装備する。
打ち上げ能力は、地球低軌道に70t、月へ向けては27tで、これは現在運用中の長征五号(低軌道に25t)を大きく凌駕し、中国のロケットの中で最大の打ち上げ能力となる。この能力を活かし、有人宇宙船「夢舟Y」と月着陸船「攬月」を月軌道まで運び、月面着陸を支える。
一方、長征十号甲は2段式で、ブースターをもたない。この構成は、低軌道の宇宙ステーションへ有人宇宙船や無人補給船を打ち上げることに特化している。第1段はYF-100Kを7基、第2段にはYF-100Mを1基装備する。
また、第1段機体の回収、再使用を可能としている。実現すれば、中国初の再使用型ロケットとなる。また、複数本のテザー(ロープやケーブル)を張ったところに機体を降ろし、引っ掛けるようにして回収するというユニークな仕組みを採用する予定で、これにより、着陸脚が不要となる利点がある。
打ち上げ能力は、使い切りモードで18t、回収モードで14tとされる。
今回の地上燃焼試験は、海南島にある文昌宇宙発射センターにおいて、日本時間15日16時(北京時間15時)に実施された。試験には、長征十号の第1段機体の縮小モデル(全長25m、直径5m)が使用された。機体に装着された7基のYF-100Kエンジンは、計画どおり約35秒間燃焼し、試験は成功したという。
2024年には、YF-100Kエンジン3基のみの燃焼試験が行われたが、実機と同じ7基での試験は今回が初めてだった。最大推力は約1,000tf(約9,806kN)に達し、これは中国のロケット史上、最大記録だという。
現時点で、長征十号甲は2026年に、長征十号は2027年に初飛行が予定されている。
2030年の有人月着陸に向け準備着々
中国は、2028年に有人月往還飛行を、そして2030年までに3人の宇宙飛行士を月へ送り、うち2人を月面に着陸させる計画を進めている。
その目標に向け、2025年6月17日には「夢舟」宇宙船の緊急脱出システムの試験を実施した。この試験は、打ち上げ時の事故に備えて、宇宙飛行士の安全を確保するために行われた。また、8月6日には月着陸船「攬月」の着陸試験に成功し、月面での安定した運用を確認した。これらに続いて、今回の長征十号の燃焼試験が成功したことは、2030年の有人月着陸に向けた開発が着実に進展していることを示している。
一方、米国はNASAの「アルテミス」計画で2027年半ばの月面着陸をめざす。日本や欧州と協力し、月周回有人拠点「ゲートウェイ」や月面基地の構築を計画しているが、課題も多い。「オライオン」宇宙船の耐熱シールド問題や、スペースXが開発する月着陸船「スターシップHLS」の開発遅延などにより、2028年以降へのずれ込みが懸念される。
さらに、トランプ政権下でNASA予算の24%削減(248億ドルから188億ドル)が提案されており、計画の不確実性が高まっている。
こうした中、中国が米国に先駆け、アポロ計画以来の有人月着陸を達成する可能性もある。
中国は、月面での水など資源の活用や、科学技術の優位性を示すことで、宇宙強国の実現をめざし、国際社会での影響力を高めようとしている。さらに、ロシアと共同で国際月研究基地(ILRS)の構築も計画しており、2030年代の運用をめざし、月面での科学研究や資源探査を強化する狙いがある。
中国の月探査における台頭は、日本を含む西側諸国にとって、科学技術政策や安全保障に大きな影響をもたらすものであり、その動向を注視する必要がある。
参考文献


