米ノースロップ・グラマンは現地時間8月12日、開発中の新型ロケット「エクリプス」(Eclipse)の開発状況と狙いについて発表した。
エクリプスは、2013年から運用していた「アンタレス」ロケットの後継機だ。完全な米国製ロケットとするとともに、中型ロケット市場をターゲットに据え、国防総省の安全保障ミッション、米国航空宇宙局(NASA)の科学ミッション、さらに民間のコンステレーション衛星の打ち上げに対応することをめざしている。
ウクライナとロシアが生んだ前身「アンタレス」
アンタレスは、ノースロップ・グラマンの前身であるオービタル・サイエンシズ(のちのオービタルATK)が開発したロケットだ。スペースシャトルの退役に伴い、国際宇宙ステーション(ISS)への物資補給を目的としたNASAの商業軌道輸送サービス(COTS)プログラムのもと、無人補給船「シグナス」とともに開発された。
オービタルは開発コストと時間を削減するため、アンタレスの第1段の主要部品を外部に委託した。機体はウクライナのユージュノエが製造し、そこにロシア製の高性能エンジン「NK-33/AJ-26」を2基装備。第2段には自社製の固体ロケットモーター「キャスター30」を装備している。
アンタレスは2013年4月に初飛行したが、2014年10月の5号機の打ち上げでは、NK-33エンジンの1基に不具合が発生し、打ち上げは失敗に終わった。これを受け、オービタルはロシア製の別のエンジン「RD-181」を新たに輸入して換装し、改良型「アンタレス230」として再設計した。その結果、打ち上げ能力も向上した。
アンタレスは、他社の大型ロケットに比べ、やや打ち上げ能力が小さい中型ロケットであることを活かし、ISSへの物資補給に加え、安全保障用衛星や科学衛星、商業衛星の打ち上げ市場への参入をめざしていた。しかし、実際には18機すべてがシグナス補給船の打ち上げに使用されただけで、他の衛星打ち上げの受注は得られなかった。
さらに、2014年のロシアによるクリミア併合に伴う米国とロシアの関係悪化により、ロシア製エンジンの継続使用に懸念が生じた。2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻により、ウクライナ製機体とロシア製エンジンの両方の入手が困難になり、その懸念が現実となった。
この状況を受け、2022年8月、ノースロップ・グラマン(2018年にオービタルを買収)は、米国のベンチャー企業「ファイアフライ・エアロスペース」と協力し、新型アンタレスを開発することを発表した。
ファイアフライは、小型ロケット「アルファ」を運用しており、無人の月着陸機の運用実績もある。
アンタレスからエクリプスへ
この新型アンタレスは「アンタレス330」と呼ばれ、ファイアフライが製造する第1段と、ノースロップ・グラマン製の第2段で構成される。
第1段は、カーボンファイバー製の機体に、「ミランダ」(Miranda)エンジンを7基装備。ミランダは推進薬にケロシン/液体酸素を使い、タップオフ・サイクルを採用する。
第2段には、ノースロップ・グラマン製の固体ロケットモーター「キャスター30XL」を備え、打ち上げ能力は地球低軌道に10.4tとされる。初飛行は2025年中に予定されている。
ただし、アンタレス330の打ち上げは3回のみにとどまる見込みだ。アンタレス330はあくまで、ロシアおよびウクライナ製部品の使用から脱却しつつ、NASAの契約に基づく、シグナス補給船によるISS補給ミッションを継続するための、一時的な対応策として位置付けられている。
一方、ファイアフライとノースロップ・グラマンは、アンタレスの後継機となる新型ロケットの開発でも協力している。このロケットはかつて、MLV(Medium Launch Vehicle)と呼ばれていたが、2025年5月にエクリプスと改称された。
エクリプスは、アンタレス330の第1段の全長を延長し、第2段にはミランダを真空用に改良した「ヴィラ」(Vira)エンジンを1基装備。全長は59mで、安全保障用衛星の打ち上げに適した直径5.4mの大型フェアリングを備える。
打ち上げ能力は地球低軌道に16.3t、静止トランスファー軌道に3.2tで、アンタレス330から大幅に強化される。
また、将来的には第1段の回収と再使用も視野に入れており、打ち上げコストの低減や打ち上げ頻度の向上をめざしている。
製造はファイアフライが担当し、ノースロップ・グラマンは開発資金の提供、打ち上げのライセンス取得、フェアリングと設備の開発、電子機器やソフトウェア、誘導アルゴリズムの設計と試験を担当する。
エクリプスの初飛行は2026年に予定されている。打ち上げ場所は、アンタレスと同じくヴァージニア州ワロップス島の中部大西洋地域宇宙港(MARS)のほか、カリフォルニア州のヴァンデンバーグ宇宙軍基地など、複数の射場や発射台から打ち上げられるとしている。
「エクリプスが中型打ち上げ市場の空白を埋める」
ノースロップ・グラマンは、「エクリプスによって、十分なサービスが提供されていない中型打ち上げ市場の空白を埋めることができる」と述べている。
同社の宇宙打ち上げ担当ディレクター、カート・エバリー(Kurt Eberly)氏は、「エクリプスは完全な米国製の中型ロケットで、国の短期および長期の防衛戦略にとって非常に重要だ。国家安全保障宇宙打ち上げ市場に投入することで、市場に新たな競争をもたらすだろう」と語る。
同社はまた、商業打ち上げサービスもサポートできるとし、低軌道から中軌道、静止軌道、高軌道へのコンステレーション衛星の打ち上げや、宇宙ステーションへの補給ミッションの打ち上げにも最適としている。
ファイアフライの打ち上げ担当副社長、アダム・オークス(Adam Oakes)氏は、「エクリプスは、中型ロケット打ち上げ市場の特有のニーズに応え、業界の空白を埋めることができる。競争力のある価格で顧客が希望する軌道に直接、衛星を打ち上げることができ、これにより顧客は、より早く衛星の運用を開始し、機会費用を最大化することができる」としている。
これまで、米国の宇宙市場では、スペースXの大型ロケット「ファルコン9」が圧倒的な存在感を示してきた。打ち上げコストが低く、小型・中型のペイロードにも柔軟に対応できるため、小型・中型ロケット市場も席巻し、競合他社の生き残りは困難であった。
今後、ノースロップ・グラマンとファイアフライが、アンタレス330とエクリプスを無事に完成させ、そのうえで、シグナス補給船以外のペイロード打ち上げをさまざまな顧客から獲得できるかどうかが注目される。
参考文献



