アンタレスとシグナスの今後

オービタル社は11月5日、失敗の原因が断定されていない中で、AR26を使用したアンタレスはもう打ち上げない、と発表する。その代わりに新しいロケットエンジンを使用する改良型のアンタレスを開発し、2016年から打ち上げたいとしている。また爆発で損傷を受けた発射施設も、この間に修理、改修されるとのことだ。

新しいロケットエンジンが何であるかはまだ明らかにされていないが、ロシア製のRD-193を選ぶ可能性が高いとされている。RD-193はロシアでも最新のエンジンのひとつで、1980年代に開発されたRD-170を源流に持つ。RD-170は、ソ連末期に開発されたエネールギヤ・ロケットの第1段向けに開発され、現代でもゼニート・ロケットの第1段に使われている。RD-170はエンジンのノズルが4つあるが、これを2つにしたRD-180が米国のアトラスVロケットの第1段に使われている。さらに、ノズルを1つにしたRD-191は、ロシアの新型ロケット、アンガラーにも使われている。RD-193はそのRD-191を改良したものだ。

その他にはRD-180や再生産されたNK-33などが候補に挙がっているが、この2つもまたロシア製のエンジンであるから、昨今の米国とロシアの関係悪化の影響によって、安定した供給が受けられる保証はない。またいくら新品のエンジンとはいえ、ロシア製であるという点で、米国内からの批判もあろう。かといって、現在の米国には、NK-33の代替となるようなエンジンは存在しない。

一方、シグナス補給船に関しては、オービタル社とNASAとの間には国際宇宙ステーションへの補給契約が結ばれているため、打ち上げを止めることはできない。そこで新アンタレスの開発が行われている間は、別のロケットにシグナスを搭載して打ち上げることを計画しているという。こちらも具体的なロケットの名前は明らかにされていない。日本のH-IIBも候補に上がっているとされるが、1機か2機のシグナスのために、種子島宇宙センターに改修を加えることは現実的ではなく、おそらくは米国のロケットになるのではないだろうか。

NK-33の今後

打ち上げ失敗の一番の容疑者になったことで、NK-33は悪評が付きまとうようになった。しかし、第2回でも触れたように、NK-33はエンジンとしては世界最高の性能を持つ優れたものだ。NK-33の技術を失うということは、ロシアのみならず、人類の科学・技術全体にとっての損失となるといっても過言ではないだろう。

NK-33は在庫が限られてはいるが、クズネツォーフ社では再生産に向けた準備を進めているという。早ければ2016年から、再生産版NK-33が登場するといわれている。だが、アンタレスがAJ26(NK-33)を捨てたことで、それも危うくなってきた。現在、NK-33を使用するロケットは、アンタレスのほかにロシアのソユーズ2.1vロケットがある。だが、ソユーズ2.1vもいずれはRD-193に切り替えるといわれている。そうなればNK-33の再生産は行われず、在庫限りということになる可能性もある。

アンタレスと同じNK-33を使うソユーズ2.1v (C)RKTs Progress

RD-191ロケットエンジン (C)NPO Energomash

事故の影響

事故直後の報道や、人々の反応を振り返ってみると、失敗の事実が意味する以上に、センセーショナルに取り上げられた感は否めない。それには夜間の打ち上げで、爆発の様子がとても派手に映ったことや、また打ち上げの様子をNASAがインターネットを通じて全世界に生放送していたこと、さらに見学者が撮影した写真や動画が、TwitterなどのSNSを通じて、瞬く間に拡散したことも理由として挙げられよう。

また、NASAの肝煎りで始まった民間ロケットが失敗したことで、NASAやオバマ政権への批判の声も上がるようになった。

さらに、40年前に製造されたエンジンが現代でも第一線で活躍しているという、宇宙開発に関心のない人々にとっては、にわかには信じにくい事実が広く報じられたことも影響した。さらにウクライナを巡って米露が対立していることも拍車をかけた。

しかし、まず第一に新しいロケットが失敗するのは珍しいことではない。例えば日本のH-IIAロケットも6号機で失敗しているし、欧州のアリアン5ロケットも1号機は離昇直後に爆発した。インドのGSLVロケットも離昇後に爆発する事故を起こしている。アンタレスは今回が5機目の打ち上げであったことからも、取り立てて大きく騒ぎ立てるようなことではないだろう。

また、そもそもISSへの輸送を民間に担わせるという構想は1990年代から始まっていたことであり、このタイミングでNASAや現政権を批判するのはナンセンスである。

NK-33も、確かに失敗の原因となった可能性は高いと見られてはいるが、しかし打ち上げ前には米国基準での試験や検査が行われており、仮に原因がNK-33にあったと断定されたとしても、その責任はソ連・ロシアだけが負うべきものではないだろう。

冷静にみれば、今回の事故は特段驚くべきことではない。確かに爆発の映像は衝撃的で、エンジンにまつわる歴史もまた衝撃的ではあるが、それだけのことだ。

オービタル社はこれまでもロケットの失敗を何度も経験しており、アンタレスが空前のことというわけではない。同社には、この窮地から這い上がるだけの力はあるだろうし、また米国における民間の宇宙開発の息吹も、止むことはないだろう。

今回の事故で、日本のロケットにとって学ぶべきことがあるとすれば、日本で同様の事故が起きた際にどう対処するべきか、ということだろう。H-IIAロケットも連続打ち上げ成功を重ねているが、どれだけ優れたロケットでも成功率は95%前後である以上、いつかは失敗するだろう。打ち上げ回数が1回のイプシロン・ロケットに至ってはいうまでもない。

2003年にH-IIAロケットの6号機が失敗した際には、1年以上も打ち上げが中止され、また無関係なはずのM-Vロケットの打ち上げも延期されることになった。だが、H-IIAが商業打ち上げに本格的に乗り出し、また安全保障やインフラにかかわる衛星を定期的に打ち上げねばならなくなった今、年単位で打ち上げが止まってしまうような事態は避けねばならない。

また、空中での爆発や、上段に問題が発生するのならまだ良いが、今回のアンタレスのように、発射場のすぐ近くに墜落することも起こりうる。そうなれば発射場はもちろん、周辺の住居や自然環境にも何らかの被害や影響は出るだろうし、また批判やバッシングも起き、宇宙開発を続けることすら難しくなるかもしれない。その点において、今回の事故におけるオービタル社やNASAの姿勢や対応は、ひとつの指標となろう。

参考

・http://www.orbital.com/NewsInfo/release.asp?prid=1921
・http://spaceflightnow.com/antares/demo/130416aj26/#.VG0a7Mm3JtZ
・http://itar-tass.com/kosmos/1544782
・http://spaceflightnow.com/2014/11/05/engine-turbopump-eyed-in-antares-launch-failure/
・http://www.russianspaceweb.com/soyuz1_lv.html