千葉工業大学は、2026年度打ち上げをめざして開発中の火星衛星サンプルリターン計画「MMX」探査機に搭載される、レーザー高度計「LiDAR」の開発結果を論文として総括したと、5月21日に発表した。
同成果は、千葉工大 惑星探査研究センター(PERC)の千秋博紀主席研究員らの研究チームによるもの。詳細は「Progress in Earth and Planetary Science」に掲載された。
MMX(Martian Moons eXploration)は、史上初の火星圏からのサンプルリターンをめざすミッションで、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙科学研究所が研究開発を進めている。従来の小惑星探査機「はやぶさ」シリーズで培われた小天体からのサンプルリターン技術を用いて、火星の2つの衛星のうち、内側(高度約6,000km)を公転する大型のフォボス(半径約13×約11×約9km)からのサンプルリターンを行う計画だ。現時点では、2026年10月の打ち上げ、2027年8月の火星圏到着、2030年11月の火星圏離脱、2031年7月の地球帰還というスケジュールが発表されている。
フォボスと第2衛星のダイモスは、光の反射率が低く、見た目は非常に黒い。これは、酸化して赤い火星とは対照的だ。火星の衛星は主に2つの説が唱えられている。ひとつは、火星と木星の間に存在する小惑星帯の小天体が、何らかの理由で火星の重力に捕獲されたとする説。もうひとつの説は、両衛星がほぼ火星の赤道上を公転している点を注目したものだ。
もし両衛星が個々に捕獲されたのであれば、軌道面がそろっている必要はない。このことから、両衛星は共通のイベントを起源とする可能性が指摘されている。たとえば、地球の月は約45億年前、火星サイズの仮想天体「テイア」が地球に衝突したことで放出された物質から形成されたと考えられているが、火星の両衛星も、火星への大規模な天体衝突による放出物で誕生したというのだ。このように火星の両衛星は、まったく異なる起源を示唆する特徴を併せ持つ。
MMXは、火星の衛星の起源を解き明かすことを大きな目標に掲げている。具体的には、詳細な現地での観測と、地球に持ち帰えるサンプルの精密な分析を通じて、その謎に迫るという。そのため、探査機には10台以上の観測機器、ローバー、サンプリング装置、サンプル輸送カプセルなど、多くの装置が搭載される。
その中で、千葉工大の千秋主席研究員が主責任者(PI)を務めるのが「LiDAR」(ライダー、Light detection and rangingの略)だ。LiDARは、照射したレーザーの散乱光が帰ってくるまでの時間を正確に計測することで、ターゲットまでの距離を計測する装置である。身近な例では、自動車が先行車との距離を測る際などにも用いられている。
今回の総括論文では、千秋主席研究員らによるLiDARの較正試験結果が掲載されている。較正試験とは、装置の性能確認と、出力結果から距離を計算するための式の調整を行う試験のことだ。観測装置では、部品や組み立て工程のばらつきにより、「個性」が生じる。この個性を試験で特定し、結果の解釈に役立てるのである。試験の結果、開発されたLiDARについて、以下の点が明らかにされた。
- 4桁以上にわたるエネルギー幅に対応し、安定的に動作する
- その中で、感度が自動で計画通りに切り替わる
- 感度の切り替えに伴い較正式が変わるが、これは事前に対応可能
- 100km相当の距離を誤差1m程度(0.001%)の精度で計測できる
フォボスの表面には、天体衝突によってできたと考えられるクレーターや巨石(ボルダ—)、そして長く続く溝構造であるグルーブなど、多様な地形が存在する。LiDARによる観測は、それらの地形の深さや高さといった立体構造を明らかにする上で重要な役割を果たすことが期待される。地形の分布や構造は、それらの起源となった出来事を解明する重要な手がかりとなる。
地表面に残されたフォボスの地形やその分布から、フォボスが誕生して以来経験してきた歴史を特定できれば、フォボス自身の成り立ちだけでなく、火星や太陽系全体の歴史を紐解く手がかりとなる可能性があるとしている。
LiDARは、すでに探査機に取り付けられるフライトモデルが完成し、JAXAへの引き渡しも完了した。後は、打上げを待つのみ。まだしばらく先と思われていたMMXの打ち上げは、もう来年の話だ。