酸素発生型光合成生物(細菌)である「シアノバクテリア」の祖先は、光合成の効率化のために約22億年前、時間を先読みする能力である「体内時計」の獲得に至ったことを解明したと、分子科学研究所、福井県立大学、名古屋大学、大阪大学、総合研究大学院大学の5者が5月20日に共同発表した。

  • 祖先タンパク質を復元することで明らかにされた概日時計の進化のプロセス
    (出所:共同ニュースリリースPDF)

同成果は、福井県立大 生物資源学部の向山厚准教授、分子研 協奏分子システム研究センターの古池美彦助教、同・尾上靖宏研究員、同・堀内滉太助教、同・秋山修志教授、名大大学院 理学研究科 高等研究院の伊藤(三輪)久美子特任助教、総研大の近藤貫太大学院生、阪大 蛋白質研究所の山下栄樹准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

バクテリアが光合成を行うには、二酸化炭素や水分子を還元する光化学系や、効率よく太陽光を受け止める光アンテナなど、高度に制御されたシステムが不可欠だ。しかし、太陽光が届かない夜間に光合成システムを維持することは、エネルギーのムダ遣いとなる。そのために生み出された仕組みのひとつが体内時計だが、シアノバクテリアが「日の出と日の入りの時刻を予測するシステム」をいつ、どのように獲得したのかは不明だった。

現代のシアノバクテリアの一種である「シネココッカス」の体内時計は、わずか3種類の時計タンパク質(KaiA、KaiB、KaiC)で構成されている。そこで研究チームは今回、これら時計タンパク質の30億年の進化のプロセスを実験室で再現し、体内時計がいつ時を刻み始めたのかを調べることにした。

まず、現存するシアノバクテリアの仲間や、それ以外のバクテリア・古細菌が持つ時計タンパク質のアミノ酸配列データがコンピュータに入力された。タンパク質を構成するアミノ酸の並び方は、太古から現在までのプロセスで変化し、多様化することが知られている。系統樹上でその変化を逆算して進化を遡っていく「祖先配列復元法」によって、太古のバクテリアが有していたと考えられる時計タンパク質のアミノ酸配列が計算された。これに基づき、祖先型のKaiA〜Cの3種類が実際に合成され、実験室で再現が試みられた。

約31億年前、約26億年前、約22億年前、約13億年前、約1億年前の時計タンパク質を再現し、それぞれが体内時計の特徴であるリズム反応を示すかどうかを検証した結果、約22億年前の時計タンパク質が、時を刻み始めた史上初の体内時計だったことが判明。つまり、時計タンパク質がリズムを刻む能力を大幅に進化させたのは約26〜22億年前だったのだ。

この史上初の時計タンパク質は、18〜20時間周期のリズム反応を示した。これは、この時期(古原生代:25億年前〜16億年前)の地球の時点が現在よりも速く、1日が20時間程度だったとする化石試料の分析結果と合致する結果だ。時計タンパク質の進化には、地球自転速度の変化の痕跡が残されていたことになる。

  • 最古の時計タンパク質と、現在の時計タンパク質のリズムおよび形状
    (出所:共同ニュースリリースPDF)

また、古原生代には地球の大気組成が大きく変化し、酸素濃度が急上昇する「大酸化イベント」が発生した。このことは、光合成の効率化に体内時計が大きく貢献したことを示唆しているという。それ以降も、体内時計を使った生存戦略がシアノバクテリアにとっていかに重要だったか、あるいは現在もいかに重要であるかについても、約13億年前、約1億年前、そして現代の約40種のバクテリアの時計タンパク質を用いた実験によって解明された。

これまで知られていたシネココッカス属のバクテリアだけではなく、シアノバクテリアに引き継がれた時計タンパク質の大半が、約24時間周期で時を刻むことができることが確認された。

しかも、この時計タンパク質のリズム反応は、22億年前までの進化過程で構築されたKaiCの分子構造に由来することも明らかにされた。KaiCは、「エネルギーの通貨」であるATP(アデノシン三リン酸)を分解することで駆動するが、その仕組みは0.1ナノメートルの精度で維持されてきたKaiC内の原子配置に支えられてきたのだ。

つまり、光合成生物のシアノバクテリアは、原子レベルで時計タンパク質の機能を維持し、リズム反応から時刻を読み取ることによって、いつ日が昇り、いつ日が沈むのかを常に把握し続けてきたことになる。約22億年前から現在に至るまでの地球全体の全球凍結や、大酸化イベントなどの大事変を生き延びるには、光合成などのエネルギー獲得や利用に関わるシステムを獲得し、時間管理することが必要だったのだ。

地球自転周期の変化を解明するため、従来は地質試料の分析、コンピュータ・シミュレーション、古文書の調査が行われてきた。今回の研究により、タンパク質科学が地球史の解明に寄与する可能性が示されたとしている。