東京大学(東大) 宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設は1月20日、これまで独立して研究を進めていた「スーパーカミオカンデ(SK)実験」と「T2K(東海to神岡)実験」の両グループが初めてニュートリノ振動の統合解析を実施し、ニュートリノに関する2つの未解決問題である「CP対称性」に関しては破れている可能性があり、また「ニュートリノ質量階層」は「通常の順序」である傾向が示されたことを発表した。

同成果は、SKコラボレーションとT2Kコラボレーションを合わせた、国内外650名以上もの研究者が参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

我々の宇宙は物質が圧倒的に多く、物質と反物質の非対称性を解明する上で重要な鍵を握るとされるのが、CP対称性の破れだ。Cは「電荷共役」、Pは「パリティ」を意味し、C対称性とは粒子を対応する反粒子に置き換える対称性、P対称性とは鏡像に映したような空間反転の対称性を指す。近年、ニュートリノがそのCP対称性を破っている可能性があることが注目されており、もしそれが本当なら、ニュートリノと反ニュートリノの振る舞いが違うことになる。CP対称性の破れは、素粒子標準模型では完全に説明ができないため、新しい物理理論の発見につながる可能性もあるとされている。

そうした中、日本においてそれぞれ異なるニュートリノ源を用いて長年にわたって独立してニュートリノ振動研究を進めてきたのが、SKとT2Kだ。前者は大気ニュートリノと太陽ニュートリノを対象とし、1998年には大気ニュートリノ振動を初めて発見。それにより、実験を率いてきた宇宙線研究所前所長の梶田隆章教授が2015年にノーベル賞を受賞することとなった。一方、後者は2009年よりスタートし、茨城県東海村のJ-PARC加速器で生成されたニュートリノビームをSKに打ち込んでおり、その結果、新たなニュートリノ振動を観測する成果をあげている。

ニュートリノには、上述したCP対称性の破れに加え、ニュートリノの質量状態が“通常の順序”であるか“逆の順序”であるかに関する「ニュートリノ質量階層」という未解決問題も残されていた。SKとT2Kはそれぞれ異なる強みを持つことから、統合解析を行うことで両実験のデータを補完し、不確実性を減らして解析精度を向上させたという。

SKの大気ニュートリノデータは幅広いエネルギー分布を持ち、特に高いエネルギー領域では、「質量階層」を測定する感度がある。一方のT2Kでは、エネルギーが600MeV付近に集中するよう調整されたニュートリノビームを使用し、ニュートリノ振動を精密に測定することが可能だ。また、ニュートリノビームと反ニュートリノビームを切り替えることで、これらの振動の違いを比較することもできる。しかし、T2K単独では「CP対称性の破れ」と「ニュートリノ質量階層」の値による効果が似ており、これらの分離が困難だったとする。

正しい統合解析を行うには、両実験の系統誤差(測定の特定のバイアスや不確実性)の相関を考慮することが必要だ。そのため、SKとT2Kでエネルギーが重なる領域において、ニュートリノと物質の相互作用の共通モデルと検出器応答の共通モデルが開発された。それを用いて4種類のニュートリノ振動解析が実施されたところ、一致した結果が示されたという。共通モデルが、両実験のデータを正確に説明できることが確認された。

そしてニュートリノ振動解析の結果、CP対称性は破れている可能性があり、ニュートリノ質量階層は「通常の順序」であるという傾向が示されたとした。この傾向は、個別に解析した場合よりも、統合データを用いた場合により強く現れたとする。また、新たな手法を用いた解析によって、CP対称性の破れの有意性が1.9σ(シグマ)から2.0σの範囲で評価された。なおσとは、実験結果が偶然ではなく、ある現象が本当に起こっているといえる確からしさを表す尺度として、統計学で用いられる標準偏差を表す記号だ。ある現象が「有意」であると判断されるためには、5σ(99.9999%の確率で偶然ではない)以上の有意性が必要だ。つまり、今回の1.9~2.0σの範囲は、有意であると判断されるまでにはいたっていないということである。

  • 3つの異なるデータセットで解析が行われたニュートリノ振動パラメータの制約領域

    3つの異なるデータセットで解析が行われたニュートリノ振動パラメータの制約領域。T2Kのみ(青)、SKのみ(黄)、SKとT2Kの統合データ(赤)(出所:東大 宇宙線研究所 神岡素粒子研究施設Webサイト)

今回の統合解析は、ハイパーカミオカンデのような次世代のニュートリノ実験に向けた重要な一歩となるという。より大きな検出器と改良された解析手法により、ニュートリノ振動におけるCP対称性の破れや、ニュートリノ質量階層に対する最終的な解答が期待されるとしている。