T2K実験国際共同研究グループ、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、東京大学、J-PARCセンターの4者は1月17日、2020年に世界で初めてニュートリノと反ニュートリノの振る舞いの違いの大きさを示す物理量「CP位相角」に大きな制限を与えたT2K実験において、増強されたニュートリノビームと新型ニュートリノ検出器を用いた実験データ取得を2023年12月より開始したことを共同で発表した。

  • 増強されたニュートリノ生成装置の主要部(左)と、今回導入された新型検出器(右)のイメージ

    増強されたニュートリノ生成装置の主要部(左)と、今回導入された新型検出器(右)のイメージ(出所:KEK Webサイト)

同成果は、世界の14の国・国際機関にある78の研究機関から、約570人の研究者が参加するT2K実験国際共同研究グループ(以下、T2Kグループ)によるもの。

T2K実験は茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設J-PARCで生成されたニュートリノを、約300km離れた岐阜県飛騨市神岡町にある、世界最大の水チェレンコフ宇宙素粒子観測装置「スーパーカミオカンデ」に打ち込んで、「ニュートリノ振動」を調べる実験だ。ニュートリノには電子、ミュー、タウの3種類があるが、ニュートリノ振動は、たとえば電子がミューになるという具合で空間を伝播中に別の種類のニュートリノに周期的に変化する現象のことをいう。

T2K実験は2009年度に始まり、2020年にCP位相角の取りうる値に対して大幅な制限を与えることに成功。さらなる検証を進めることで、「CP対称性の破れ」の証拠が得られるとされる段階まで到達している。しかし、測定精度を高めて検証を進めるには、より多くのニュートリノの生成と、ニュートリノと原子核の反応をより深く理解することが課題だったとする。

そこで研究グループは、ニュートリノビームの増強と、新型ニュートリノ検出器の開発を進めたとのこと。KEKとJ-PARCは、メインリング加速器の主電磁石用電源などの主幹機器の増強改修を行い、加速の繰り返し頻度を2.48秒から1.36秒に早めるなどして、より多くの陽子をニュートリノ実験施設に供給できるようにした。T2Kグループは、メインリング加速器から取り出された陽子ビームを用いてニュートリノビームを生成する、標的、電磁ホーン、ビームモニターといった装置の増強・改造・交換を行い、大強度化した陽子ビームへの対応を行った。

そして2023年11月からビーム調整運転が始められ、増強前と比較して約40%増となる過去最高強度(約710kW)での安定運転を達成。12月25日にはメインリング加速器の当初の目標性能を超える760kWでの連続運転にも成功した。さらにニュートリノ生成装置では、電源の強化などにより、心臓部である3台の電磁ホーンに印加する電流が従来の25万Aから32万Aに増強され、標的で生成されたパイ中間子などのニュートリノの親粒子(ニュートリノはパイ中間子などの崩壊で生成される)の収束効率を高めたとのこと。これにより、スーパーカミオカンデに届けるニュートリノビームの質を高めると同時に、観測するニュートリノ数を10%程度増やせるようになったとする。

  • 大強度陽子ビームによるニュートリノ生成を可能にするため、冷却能力が強化された第二電磁ホーン

    大強度陽子ビームによるニュートリノ生成を可能にするため、冷却能力が強化された第二電磁ホーン(出所:KEK Webサイト)

また、2023年10月までに導入された3種類の新型検出器のうちで中心となるのが、有感領域に約2tの質量を持つ「SuperFGD」だ。同検出器は、プラスチックシンチレータでできた1cm3の穴付きキューブ約200万個を積層した革新的な構造を持つ。それに加え、キューブを3方向から貫く約5万6000本の光ファイバとその終端の光検出器を通して、荷電粒子を3方向から高精細に観測し、その飛跡を再構成することが可能だ。そしてニュートリノビームの向きに対し、大角度方向に位置するのは「High-Angle TPC」は、ニュートリノ反応によって同方向に放出された粒子の運度量測定などを精度良く行える。最後に、それらの検出器を囲むように設置されたのが「Time-of-Flight」で、粒子の飛来方向同定や粒子識別などを担当。これらは調整作業の末に2023年12月からニュートリノビームの観測を開始しており、すでにニュートリノ反応事象の候補を捉えることに成功したとする。

  • 新型の前置検出器

    新型の前置検出器(出所:KEK Webサイト)

なおJ-PARC加速器およびニュートリノ実験施設では、T2K実験へのビーム供給を行いながら、さらに1.3MW(=1300kW)まで出力を増強するアップグレード計画が進行中だ。収束効率が向上した電磁ホーンなど、ニュートリノ生成装置の性能向上と併せ、従来の約3倍のニュートリノ反応(単位時間あたり)を観測できるようになり、観測データの統計誤差を小さくできるとした。

  • 新型の前置検出器で観測されたニュートリノ事象候補

    新型の前置検出器で観測されたニュートリノ事象候補(ニュートリノがSuperFGDで反応して、その反応から放出された粒子の1つがHigh-Angle TPCに、もう1つが従来から設置されている検出器に入っている)(出所:KEK Webサイト)

  • 新型の前置検出器の1つTime-of-Flightで観測したビーム時間構造

    新型の前置検出器の1つTime-of-Flightで観測したビーム時間構造(出所:KEK Webサイト)

それに加えて新型検出器では、従来の検出器が苦手としていたニュートリノの「大角度散乱」も捉えられるようになる。ニュートリノと物質(原子核)の反応をより深く理解できるようになり、これも系統誤差を小さくすることができるといい、これらに加えスーパーカミオカンデでは2020年、水中にガドリニウムを溶解させたことで中性子検出効率が大幅に高くなり、検出性能が向上している。

T2K実験の今回の新フェーズは、ハイパーカミオカンデ実験など、次世代の実験にもつながる重要な一歩であり、宇宙から反物質が消えた謎の解明にせまるニュートリノ研究で今後も世界をリードすることが期待されるとしている。