美しくも険しい山々に囲まれた岐阜県飛騨市神岡町。この地に、16万光年彼方の超新星1987Aから、謎だらけの素粒子「ニュートリノ」が降り注いだのは1987年2月のことだった。その様子は、山中に造られた実験装置「カミオカンデ」で捉えられ、「ニュートリノ天文学」の幕開けとなり、その成果は2002年のノーベル物理学賞に選ばれた。

さらに2015年には、より発展した「スーパーカミオカンデ」により、ニュートリノに質量があることが突き止められ、2015年のノーベル物理学賞に選ばれている。

そしていま、ニュートリノにまつわるさらなる謎と、そして素粒子物理学が直面している最大の謎に挑むため、新たな実験装置「ハイパーカミオカンデ」の建設が進んでいる。

  • ハイパーカミオカンデの本体空洞のドーム部

    ハイパーカミオカンデの本体空洞のドーム部

ハイパーカミオカンデとは?

ハイパーカミオカンデは、東京大学(東大)と高エネルギー加速器研究機構(KEK)を中心に、国際共同で進められている計画で、ニュートリノの観測や陽子崩壊の発見などを通して、素粒子の統一理論や宇宙の進化史の解明を目指す、壮大な実験施設である。

ニュートリノとは、物質を構成する最小の要素「素粒子」のひとつで、宇宙が誕生したときや、星が最期を迎えて超新星爆発を起こすときなど、さまざまな場所や現象から発生する。この宇宙はニュートリノで満ちており、1立法cmあたり約300個も存在し、たとえば太陽で生まれたニュートリノは、私たちの体を1秒間に数百兆個も通り抜けている。ただ、その姿は見えず、またきわめて軽くて小さいため、私たちがその存在を感知することはできない。

そんな未知のニュートリノを検出し、そして詳しく調べるために、1983年に造られた「カミオカンデ」が大活躍した。超新星爆発からのニュートリノを世界で初めて観測したほか、太陽ニュートリノの観測も行い、ニュートリノ天文学という新しい研究分野を切り拓いた。その成果により、2002年には小柴昌俊氏がノーベル物理学賞を受賞した。

1996年には、後継施設の「スーパーカミオカンデ」が造られ、ニュートリノが質量をもつことを示す「ニュートリノ振動」を発見し、2015年に梶田隆章氏がノーベル物理学賞を受賞している。

ハイパーカミオカンデはこれらに続く3世代目となる実験装置で、スーパーカミオカンデを大きく超える実験装置によって、「宇宙初期を司る究極の自然法則はどのようなものか」、そして「人はどこから来てどこに行くのか」といった、人類にとって根源的な問いに挑戦することを目指している。

ハイパーカミオカンデは、岐阜県飛騨市神岡町の山中、地下約600mに造られる。カミオカンデ、スーパーカミオカンデも近い場所に造られているが、これは宇宙線の影響を避けるためで、宇宙線は山に遮られる一方、ニュートリノはするりと通り抜けてくるため、観測に適している。

ハイパーカミオカンデの本体となるのが、直径68m、高さ71mの巨大な水槽である。その中には、不純物などを極力取り除いた超純水がなみなみと蓄えられる。その総質量は26万t、そのうち有効質量(実際に観測に用いる中心部分の質量)は19万tにもなる。ちなみに、スーパーカミオカンデの水槽は直径39m、高さ41m、超純水の総質量5万t、有効質量は2万2500tで、有効質量での比較では、ハイパーカミオカンデは約10倍も大きい。

水槽内壁には、従来の2倍の感度を持つ高性能光センサーを約4万本備え、ニュートリノと水が反応した際に生じる微弱な光を高い精度で計測することができる。

ハイパーカミオカンデの建設は2020年2月から始まった。なお、初代のカミオカンデとスーパーカミオカンデでは、水槽のある本体空洞は新たに掘られたものの、トンネルの一部や移動用のトロッコは神岡鉱山で使われていたものを流用していた。一方ハイパーカミオカンデでは、本体空洞はもちろん、すべてのトンネルも一から掘られている。

まず、地上との出入り口となるアクセストンネルが掘られ、続いて実験装置につながるアプローチトンネルが掘られた。そして2022年11月から、水槽を設置するための空洞の掘削が始まった。

この空洞は水槽を入れるため一回りほど大きく、直径69m、高さ73mの円筒部と、高さ21mのドーム部からなり、地下の人工空洞としては世界最大規模となるという。

そして2023年10月3日、空洞のうち上部のドーム部の掘削が完了し、これを受けて同29日、報道関係者に公開された。

工事はこのあと、空洞の円筒部分を掘削するため、ドーム部から下方向へ掘り進められる。完了は2024年の予定で、続いて水槽の設置、光センサーなどの機器の取り付けを経て、2027年から運転開始の予定となっている。

  • ハイパーカミオカンデ検出器のイメージ図

    ハイパーカミオカンデ検出器のイメージ図 (C) Kamioka Observatory, ICRR, The Univ. of Tokyo

建設中のハイパーカミオカンデの中へ

  • ハイパーカミオカンデへの入り口

    ハイパーカミオカンデへの入り口。一見するとただのトンネルのようにも見えるが、その奥には「宇宙初期を司る究極の自然法則はどのようなものか」、そして「人はどこから来てどこに行くのか」といった、人類にとって根源的な問いに挑戦する施設がある

  • トンネルをバスに揺られて数分、空洞の入り口に到着する

    トンネルをバスに揺られて数分、空洞の入り口に到着する。地上から内部、また内部の各部屋同士は、このようなトンネルで結ばれている (撮影:渡部韻)

  • ハイパーカミオカンデのドーム部

    ハイパーカミオカンデのドーム部。最大直径69m、高さ21mの巨大な空間である。その荘厳さはまるで、RPGでラスボスが鎮座している間のようである

  • トラックとの対比で、内部の大きさがおわかりいただけるだろうか

    トラックとの対比で、内部の大きさがおわかりいただけるだろうか (撮影:渡部韻)

  • 壁面には星図のような文様がびっしりと書き込まれている

    壁面には星図のような文様がびっしりと書き込まれている。これはひびの形や確認できた日付などを表している。記録したうえで、ひびが広がらないかどうか確認を続け、必要となれば補修をするという。水槽は、この壁に沿ってステンレスの板を張り巡らせることで形作られる (撮影:渡部韻)

  • 壁面に設置される高性能光センサーのイメージ

    壁面に設置される高性能光センサーのイメージ。これはスーパーカミオカンデを模したもので、近くにある「ひだ宇宙科学館『カミオカラボ』」で展示されている

  • 水槽に入れる超純水、つまり極力純粋なH2Oに近い水を作るための「純水室」

    水槽に入れる超純水、つまり極力純粋なH2Oに近い水を作るための「純水室」。水は神岡鉱山を流れる豊富な地下水を利用するが、観測に使うためには不純物などを徹底的に取り除く必要があり、そのためのさまざまな浄化装置やポンプがここに置かれる。なお、右隣には将来的にもうひとつ純水室を造れるような空間が用意されている (撮影:渡部韻)