宇宙飛行士の古川聡さん(62)が宇宙航空研究開発機構(JAXA)を退職し、1日付で杏林大学医学部特任教授に着任した。国際宇宙ステーション(ISS)の長期滞在を2回こなしたほか、地上で宇宙医学研究を推進してきた。退職を前に都内で会見し「望むことが全てかなった訳ではないが、できることはやり切った。新たな仲間と人材育成を中心に取り組む。次のステージに挑戦する思いを込め、退職ではなく卒業と表現したい」と思いを語った。
人間の適応能力に驚いた
医師の古川さんは2011年に5カ月半、23~24年に6カ月半、ISSに滞在している。先月30日開かれた会見の冒頭、この2回の飛行を振り返り「(初回は)元野球部の私には、ベンチ裏で素振りをして準備していた中で『さあ試合だ』という気持ちだった。2回目の後には首や背骨、股関節が硬くなったことに驚き、80歳になったらこんな感じだろうと、宇宙が老化促進モデルであることを実感した。それがリハビリで回復し、人間の適応能力にも驚いた」と実体験を振り返った。
飛行中の心に残るできごとを問われると「たくさんあって迷うが、仲間とピンチを乗り越えたことが大きい」と応じた。例として、初回のISS滞在中に液体を混ぜるための装置が動かず、植物実験が止まったトラブルを振り返った。古川さんは「汗が止まらず青くなった」が、地上の研究者が限られた時間内に、無重力では液体の泡の性質が異なるためという原因を突き止めた。対策を編み出してもらい解決し、無事に試料を地上に持ち帰ったという。「軌道上と地上が一体になって乗り越え、宇宙活動の醍醐味(だいごみ)を感じた」
宇宙滞在時には飛行士の中で、医療担当に割り当てられた。「実際に重大なことは起こらなかったが、仲間に安心感を持ってもらえたのでは。(地球上空のISSとは異なり)今後の月や火星の探査ではすぐに地球に戻れないため、現場で完結できる医療の重要性が高まる。医師である飛行士の役割は、これからも重要だ」との認識を示した。同じく医師の現役飛行士、金井宣茂(のりしげ)さん(49)と米田あゆさん(31)の2人に期待を寄せた。
かなわなかった夢の一つは、米国のスペースシャトルでの飛行だった。「せっかく訓練を受けたのだが…。代わりに(2011年に)最後のシャトル飛行をISS側で迎える側となった。その時たまたまシャトルの船長がソフトボールの仲間で、頼んで船長席に座らせてもらった」とエピソードを明かした。「なかなか先が見えず大変な時もあったが、自分でコントロールできないことは悩んでも仕方ない。コントロールできることを一日一日積み重ねていけば、明日はきっと今日よりも良くなる。実際には、二歩進んだけど三歩戻ってがっかり、なんてこともあったが、大きな目で見ると明日は良くなると思って走ってきた」と、心構えを語った。
「経験を次世代に還元」転身決断
大学教員への転身は「若い世代の成長を支援したい」との思いが強く、決めた。「経験を自分だけのものにせず、次世代や社会に還元したいと以前から思っていた」。2回目の飛行後の医学データを取り終えたことや、新人飛行士への経験や知見の継承が一段落したことから、JAXAの定年より1年早いタイミングだが退職を決断した。「宇宙航空業界を離れるが、JAXAや日本の宇宙開発の発展を一宇宙ファンとして応援していきたい」とした。
宇宙ファンとして最も期待していることは、有人月面着陸。「日本人が月面に立つ日が来れば、とても素晴らしく歴史的だ。JAXAの仲間や後輩たちの活躍を、心から応援していきたい」と話した。
これから飛行士を目指す人には「自分なりの専門性を持ってほしい」とアドバイス。「飛行士はチームで仕事をする。さまざまな経歴や専門を持つ人が集まり、力を合わせる。月を目指す時代には、より多様な専門性が重要になる可能性があるので、面白いと思う分野を掘り下げて勉強すると良い」と呼びかけた。
2回目の飛行が決まった2020年の会見では、自身を「30代の若者と思っている」と発言。「あの時、理想は20代の若者だったが、少し無理があると思い30代と言った」と笑って明かした。「今の理想は永遠の29歳。体はきつくても、気持ちまで年を取る必要はない。体も気持ちも若いつもりでいると、良い効果があるかもしれない。そんな気持ちで、同世代や中高年の方とこれからも新しいことに興味を持ち、挑戦を続けたい」
「トラスト・バット…」しつこく確認する人に
2022年には宇宙生活を模擬する地上での精神ストレス研究で、実験データの捏造(ねつぞう)や改ざんなどの問題があったとJAXAが公表。実施責任者だった古川さんも戒告の懲戒処分を受けた。「その後の2回目の飛行では、誠実に確実に仕事をして信頼を回復したいと考えた。(処分発表の会見で自身が話した)『トラスト・バット・ベリファイ』とは、(研究者を)信頼するが人間である限り間違えることがあり、しっかり確認するということだ。そのおかげで、かなりしつこく確認する人になってしまった。時々嫌がられるが、それでも確認する基本姿勢を続けている。研究のコンプライアンス(規範順守)は重要で、しっかり認識し続け、若い世代にも伝えている」と語った。
古川さんは1964年、神奈川県生まれ。東京大学医学部卒業。博士(医学)。消化器外科の臨床及び研究への従事を経て、99年に山崎直子さん(55)、星出彰彦さん(57)と共に飛行士候補に選ばれた。少年時代、人気特撮作品「ウルトラセブン」に憧れ宇宙に関心を持った。飛行は通算366日に及び、若田光一さん(62)の504日に次ぐ日本人2番目の長さとなった。地上ではJAXAの宇宙医学生物学研究グループ長を歴任するなど、宇宙医学研究を推進してきた。
古川さんの退職により、JAXAの現役飛行士は星出さん、油井亀美也(ゆい・きみや)さん(56)、大西卓哉さん(50)、金井さん、諏訪理(まこと)さん(49)、米田さんの6人となった。うち最多飛行経験は星出さんの3回。諏訪さんは来年頃に初飛行し、半年間ISSに滞在する。

会見後、花束を贈られる古川さん(右)=先月30日
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