東京大学(東大)は1月16日、赤外線で極めて明るい銀河(ELIRG)の中心に位置する、非情に明るいクェーサーである「WISE J090924.01+000211.1」を観測した結果、光度(明るさ)の周期的な変動という稀な現象を発見し、その周期が約1900日(静止系では約700日)であることを発表した。

  • BSBHのイメージ

    バイナリー大質量ブラックホールのイメージ。2つの超大質量ブラックホールが接近しており、互いに重力を及ぼし合いながら周期運動をしている。(c) NASA / CXC / A. Hobart / Josh Barnes, University of Hawaii / John Hibbard, NRAO.)(出所:東大Webサイト)

同成果は、東大大学院 理学系研究科附属 天文学教育研究センターの堀内貴史特任研究員を中心とする研究チームによるもの。詳細は日本天文学会が刊行する英文学術誌「Publications of the Astronomical Society of Japan」に掲載された。

クェーサーの性質の1つに、光度の時間変動がある。この光度変動は一般的にはランダムだが、1000個~1万個に1個の割合で周期的な光度変動を示すものが存在することが確認されつつある。このような変動の物理的要因の詳細は未解明だが、有力仮説の1つに、2つの超大質量ブラックホール(SMBH)の周期運動によるものが挙げられている。

今回観測されたELIRGは、過去にブラックホールを含む銀河同士の合体を経験した可能性があり、銀河とSMBHの共進化のピーク段階にあると考えられている。ただし、その光度変動については詳しく調べられていなかったことから、研究チームは今回、測光アーカイブデータを用いて同現象を探ったという。

今回の研究では、移動天体や突発天体などの検出を主目的としつつ、それ以外にもさまざまな天体データが格納されている3種類の測光アーカイブデータの可視・近赤外線データが使用された。そして、それらの分析の結果、正弦波でモデリング可能な周期光度変動が確認されたとする。

ただし周期性が偶然出現した可能性もあるため、その可能性を排除すべく、周期変動の傾向が継続しているのかどうかを追観測で検証する必要があったとのこと。そこで研究チームは2021年2月から2022年2月まで、国立天文台 石垣島天文台の「むりかぶし望遠鏡」や、3バンド同時撮像カメラ「MITSuME(ミツメ)」(国立天文台 岡山天体物理観測所と東大 宇宙線研究所 明野観測所の可視光50cm反射望遠鏡のそれぞれに装備されている)による可視・近赤外線測光モニター観測が実施された。正弦波モデルに基づき、観測期間中に光度が暗くなる傾向が予想されていたが、その通りにゆっくりと暗くなる様子が観測されたという。

そして明るくなるフェーズの到来が予想されたことから、さらなる周期性の検証のため、2023年10月から2024年4月に光赤外線天文学大学間連携(OISTER)への観測依頼が出された。OISTERによる可視・近赤外線での観測では、2つのMITSuMEに加え、埼玉大学の55cm反射望遠鏡「SaCRA(サクラ)」に取り付けられた3波長同時偏光撮像装置「MuSaSHI(ムサシ)」が用いられ、その観測の結果、正弦波モデルの予想通り増光に転じていたという。

  • 今回のクェーサーの光度曲線

    今回のクェーサーの光度曲線(黒:CRTSVバンド、緑とクロス:g、ピンク:r、赤:Rc、青:i、マゼンタ:Ic、シアン:z、黄:y)。各バンド(波長帯)で振幅と明るさを調整し、CRTSVバンド(可視)の光度曲線を基準として光度曲線を接続している。黒曲線は正弦波によるモデルフィットを表す(出所:東大Webサイト)

さらに、上記のアーカイブデータも併せて周期の測定が行われた結果、約1900日周期(静止系で約700日)であることが突き止められた。なお、遠方の天体ほど宇宙膨張により地球から遠ざかっており、観測された光は赤方偏移の値が大きくなる。赤方偏移の値が大きいと、光の波長は引き延ばされるため、地球よりも時間の経過速度が遅くなる。なお静止系とは、その影響を取り除いた値のことだ。

続いて、2つのバイナリー大質量ブラックホール(BSBH)による仮説が検証された。BSBH系では、降着円盤を伴うSMBHの速度が周期的に変化することがわかっている。さらに、それらのSMBHが光の速度に近い相対論的速度で運動していると、観測される光も相対論的効果を受け、観測者に近づくと明るく、遠ざかると暗くなる。この物理過程は「相対論的ドップラーブースト」(相対論的DB)と呼ばれる。周期運動と相対論的な効果が組み合わさることで、結果として明るさも周期的に変化すると考えられている。

相対論的DBでは、異なる波長間の光度変動幅比と天体のスペクトルの勾配比との間に比例関係がある。そこで、観測された振幅比とスペクトルの勾配比が調べられたところ、データ点と相対論的DBによる理論予想が概ね一致したとする。このことから研究チームは、今回のクェーサーの周期光度変動はBSBHの相対論的DBによって引き起こされた可能性があるとしたうえで、ELIRGは銀河同士の合体を経験していると考えられるため、この周期光度変動はSMBH同士の合体の現場を、測光観測という形で捉えた可能性もあるとしている。

  • 今回のクェーサーのスペクトルと、各バンドから求めた周期光度変動の振幅の比と勾配比の関係

    (左)今回のクェーサーのスペクトル(黒実線)。(右)スペクトルからg(青緑色の波長帯)、V(緑)、rバンド(赤)の勾配を算出し、各バンドから求めた周期光度変動の振幅の比と勾配比の関係。黒直線はドップラーブーストから予想される振幅比と勾配比の関係(出所:東大Webサイト)

なお実際には、周期光度変動クェーサーは追観測において、周期性が崩れることも多くあるという。また今回の周期光度変動は、ランダムな変動パターンの中で偶然に発生した可能性も除外し切れていないとする。そのため研究チームは今後も観測を継続し、結論を出す予定としている。