国立天文台(NAOJ)、総合研究大学院大学、東京大学(東大)、茨城大学、山口大学、大阪公立大学、工学院大学、駒澤大学、筑波大学、東洋大学の10者は9月28日、国際電波望遠鏡ネットワーク「東アジアVLBIネットワーク」(EAVN)などによる、過去20年以上もの詳細な観測から得られた多数の画像を分析した結果、楕円銀河「M87」の中心から噴出するジェットの噴出方向が、一般相対性理論が予言する歳差(首振り)運動を約11年周期で行っていることを発見したと共同で発表した。

  • 自転する超大質量ブラックホールの周りで歳差運動する降着円盤とジェットの想像図。

    自転する超大質量ブラックホールの周りで歳差運動する降着円盤とジェットの想像図。ブラックホールの自転軸は図の上下方向で固定されている。ブラックホールの自転軸に対して降着円盤の回転軸が傾いていると、一般相対性理論の効果によってこのような歳差運動が生じる。(c)Cui et al.(2023), Intouchable Lab@Openverse, Zhejiang Lab.(出所:NAOJ)

同成果は、NAOJ 水沢VLBI観測所の秦和弘助教、工学院大 教育推進機構の紀基樹客員研究員、東大 宇宙線研究所の川島朋尚特任研究員、NAOJ 水沢VLBI観測所の本間希樹所長/教授らを中心とする、世界の45の研究機関・大学と79名の研究者が参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」に掲載された。

宇宙に存在する大半の銀河の中心には、太陽の数百万倍から百億倍もの質量を有する超大質量ブラックホールが存在していると考えられている。その一部は非常に活動的で、「ジェット」と呼ばれるビーム状のガスを南北方向に噴出し、活動銀河核やクェーサーとして輝いている。

地球から5500万光年の距離にあるM87の中心には、太陽質量の約65億倍という、超大質量ブラックホールの中でも大物にあたるブラックホールが座しており、最も代表的な活動銀河核の1つとして知られている。また2019年には、イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)によって、史上初のブラックホールの直接観測がなされたことでも有名だ。その後も観測は続けられており、2023年4月には、グローバルミリ波VLBI観測網(GMVA)によって、M87の超大質量ブラックホールを取り巻く降着円盤の様子も明らかにされている。

こうした観測は、活動銀河核の究極のエネルギー源が超大質量ブラックホールと降着円盤であることを決定づけるとともに、これらがジェットの形成にも関係していることを示唆するものだったのである。

アインシュタインの一般相対性理論によれば、自転は質量と共にブラックホールの基本的性質や周囲の時空構造を決める最も重要な要素とされる。また近年では、強力なジェットの駆動にはブラックホールの自転エネルギーが必要であることが提唱されていた。しかし、ブラックホールの大きさや周囲の星の運動などから比較的測定しやすい質量とは対照的に、自転の有無を観測から見極めることは容易ではないという。

そこで研究チームは今回、EAVNおよび米国の電波望遠鏡ネットワークによって得られた観測データを中心に、過去20年以上にわたって蓄積された170枚のM87ジェットの電波画像を詳細分析し、その形状が変化する様子を調査。その結果、ジェットの噴出方向が約11年のサイクルで周期的に変化していることが発見された。

  • (上)EAVなどで撮影されたM87ジェットの電波画像の例。(下)2000年~22年の間で測定されたジェットの噴出方向の時間変化。

    (上)EAVなどで撮影されたM87ジェットの電波画像の例。2013年~18年にかけて波長7mm帯で撮影された多数の画像が2年分ずつ平均して3つの画像にされている。各画像の中心部からのびる矢印はジェットの噴出方向。(下)2000年~22年の間で測定されたジェットの噴出方向の時間変化。赤色の正弦曲線は測定結果と最もよく一致する11年周期の歳差運動のモデル。(c)Cui et al.(出所:NAOJ)

  • ジェットが噴出する向きの時間変化の様子。

    ジェットが噴出する向きの時間変化の様子。(c)Cui et al.(2023)(出所:NAOJ)

先行研究では、M87のジェットが噴出方向に対して横方向に揺れる“謎の横揺れ”現象の存在が示唆されていたが、その原因や周期の有無についてはよくわかっていなかったとする。今回はその原因を突き止めるため、NAOJが運用する天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイII」を用いた理論シミュレーションが実施され、観測結果の考察が行われた。その結果、観測された11年周期のジェット振動は、自転するブラックホールが周囲の時空を引きずることで生じる「レンズ-シリング歳差」と呼ばれる運動でうまく説明できることが明らかになった。

  • アテルイIIによる一般相対論的磁気流体シミュレーションで示された降着円盤およびジェットの歳差運動の様子。

    アテルイIIによる一般相対論的磁気流体シミュレーションで示された降着円盤およびジェットの歳差運動の様子。初期にブラックホールの自転軸に対して回転軸の傾いた降着円盤が設置され、その時間変化の様子を追った内容。カラー図は子午面における密度が表されている。(c)川島朋尚(出所:NAOJ)

レンズ-シリング歳差は、地球ゴマが起こす歳差に似たもので、地球ゴマでは傾いたコマに働く地球の重力が歳差運動の引き金になる一方で、M87の超大質量ブラックホールの場合は、傾いた降着円盤に、ブラックホールの自転による力が働くことでレンズ-シリング歳差運動が起こるというものである。今回のシミュレーション結果によれば、レンズ-シリング歳差により降着円盤が観測と同程度の周期でぐるりと回ることがわかったといい、さらにシミュレーションによれば、降着円盤の動きにつられてジェットも同じように歳差運動することが示されたとする。

研究チームによると、今回の研究成果はM87の超大質量ブラックホールが自転していることを強く裏付けるものだという。また同時に、ジェットの形成に自転が深く関与しているという理論を強く支持するものだとした。

研究チームは引き続きM87ジェットの観測を継続中で、EAVNの主要局であるVERA望遠鏡を運用するNAOJの本間教授によれば、今後は、得られたジェットの形状変化をEHTで得られるブラックホールの動画とも比較することで、ブラックホールとジェットのつながりや自転の速度までより正確に導き出したいとしている。

  • EAVNに属する電波望遠鏡群。

    EAVNに属する電波望遠鏡群。(c)国立天文台(出所:NAOJ)