北海道大学(北大)は9月26日、ドラッグデリバリー技術(DDS)用の「ゲノム編集用脂質ナノ粒子」の大幅な効率の改善に成功したと発表した。

同成果は、北大大学院薬学研究院の佐藤悠介助教、同・原島秀吉教授、同・大学院 生命科学院の小沼はるの大学院生(研究当時)らの研究チームによるもの。詳細は、物理・生命科学・地球科学などの幅広い分野を扱う学術誌「iScience」に掲載された。

「CRISPR/Cas9」などのゲノム編集技術を治療に役立てるには、それらを標的組織や細胞だけに安全かつ効率的に送達する必要があり、その手段としては、DNA、mRNA、そして「RNP」を用いる方法がある。DNAやmRNAを用いる方法は多くの過程が必要な上に、標的ゲノム領域以外でのゲノムDNA切断(オフターゲット切断)が起きてしまう危険性が高まるという課題があった。

RNPとは、CRISPR/Cas9において標的配列の認識を担う核酸「gRNA」と、標的配列の切断を担う「Cas9タンパク質」との複合体のことだ。RNPの場合は、細胞内で核への移行過程でのみゲノム編集を行える。加えて、RNPが細胞内に存在する時間はとても短いので、オフターゲット切断の危険性も低減できるという。しかしRNPによる送達は低効率で、実用的な製造方法も確立されていなかった。

そうした中、研究チームはRNPを内封した脂質ナノ粒子(LNP)製剤「CRISPR-LNP」を開発し、マウスの肝臓で標的遺伝子のノックアウトの誘導に成功。LNPは、薬物を目的の組織や細胞に送達するためのDDSの1種。しかし、RNPを効率的に送達するためのLNP構成脂質、特に最も主要な成分であるイオン化脂質の最適化は行われておらず、RNP送達効率に課題が残されていたという。そこで今回の研究では、既存のイオン化脂質を基にした構造最適化を試みることにしたとする。

  • 最適化イオン化脂質ζ(ゼータ)の化学構造

    最適化イオン化脂質ζ(ゼータ)の化学構造(出所:北大プレスリリースPDF)

イオン化脂質の疎水性分岐足場構造が着目され、総炭素数と分岐位置を系統的に変更したイオン化脂質ライブラリーが設計された。各イオン化脂質を用いて作製されるCRISPR-LNPのゲノム編集効率を比較することで、最適なイオン化脂質の同定が目指された。そして、さまざまなイオン化脂質の中から、最も高いゲノム編集効率を示したのが、「CL4F11_ζ(ゼータ)-2」(以下、「ζ」)だったという。

  • ζ含有CRISPR-LNPによるゲノム編集効率の投与量依存性

    ζ含有CRISPR-LNPによるゲノム編集効率の投与量依存性(出所:北大プレスリリースPDF)

続いて、ζ含有CRIPSR-LNPの投与量依存的なゲノム編集効率が調べられた結果、最大投与量である2mgRNP/kgにおいて、標的TTRタンパク質が98%以上抑制されたという。この値は、すでに承認済みのものの80~85%を大幅に超える値であり、治療効果を得るのに十分であると考えられるとした。

  • ζ含有CRISPR-LNPによるゲノム編集効果の持続性

    ζ含有CRISPR-LNPによるゲノム編集効果の持続性(出所:北大プレスリリースPDF)

また、最適化前と比べ、ゲノム編集効率を約10倍にまで向上させることができたという。それに加え、ζ含有CRIPSR-LNPを単回投与してからTTRタンパク質をモニタリングした結果、12週間後も抑制効果が持続していることが確認された。肝臓中のゲノムDNAを取り出し、標的TTR遺伝子領域の編集割合を解析したところ、約80%のゲノムDNAの編集が認められたほか、すでに臨床で用いられているLNP3製剤に採用されている各イオン化脂質とのゲノム編集効率が比較されたところ、ζは著しく高効果を示すことが確認されたとする。

  • ζ含有CRISPR-LNPによる標的ゲノムDNA領域の編集割合

    ζ含有CRISPR-LNPによる標的ゲノムDNA領域の編集割合(出所:北大プレスリリースPDF)

続いて、ζ含有CRISPR-LNPをマウスに投与してから経時的にζの残存量が定量されると、標的臓器である肝臓と次に移行量の多い脾臓において、ζが迅速に排除されることが判明。イオン化脂質の分岐足場構造は搭載薬物の効率的な送達とLNP製剤の安定性の向上に寄与する一方で、立体的な構造の影響で生分解性に乏しいという課題があったという。イオン化脂質は異物であり、高濃度で長時間暴露すると生体に悪影響を与えるリスクが生じる。そのため、生分解性は重要な特性の1つと考えられるとした。ζは分岐位置がエステラーゼの基質となるエステル結合から距離が離れており、エステラーゼによる認識を阻害しなかったために、優れた生分解性が示されたことが推測されるとしている。

  • 市販イオン化脂質とのゲノム編集効率の比較

    市販イオン化脂質とのゲノム編集効率の比較(出所:北大プレスリリースPDF)

最後に、ζ含有CRISPR-LNPを単回投与した後の血液生化学および病理学的検査により毒性が評価された結果、いずれの項目も目立った変化は認められず、ζ含有CRISPR-LNPの優れた安全性が示されたという。

  • ζの臓器内残存量の時間推移

    ζの臓器内残存量の時間推移(出所:北大プレスリリースPDF)

今回構築されたCRISPR-LNPは安全性に優れると共に、肝臓において十分なゲノム編集効率の誘導が可能なことから、同臓器を標的臓器とした代謝性疾患などに対する治療薬としての実用化が期待されるとする。また、今回得られたイオン化脂質の設計指針を基に、より優れた脂質分子の設計や、肝臓外組織や細胞を標的としたCRISPR-LNPの開発にもつながることが期待されるとしている。