東北大学と東京大学(東大)は9月17日、複数の種で雌雄同体が進化してきた線虫の仲間を対象として、雌雄同体の進化に伴い急速に進化したゲノム中の「非コード保存領域」(CNE)を網羅的に特定し、さらに、雌雄同体のCNEを雌雄異体の種と入れ替えることで、精子の形成に関わる遺伝子の発現を変化させることに成功したと共同で発表した。
同成果は、東北大大学院 生命科学研究科の玉川克典研究員(現・東大 大気海洋研究所 海洋生命システム研究系 海洋生命科学部門 特任研究員)、同・牧野能士教授、同・杉本亜砂子教授、東大大学院 新領域創成科学研究科の菊地泰生教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国科学振興協会が刊行する「Science」系のオープンアクセスジャーナル「Science Advances」に掲載された。
ヒトを含め多くの動物は雌雄異体であり、雄と雌による繁殖を行うが、カタツムリ、ナメクジ、ミミズ、アメフラシ、ウミウシなど、1つの固体が両性を備える雌雄同体の生物も存在している。雌雄異体と雌雄同体の転換はさまざまな生物種で起こっており、なぜ、どのように生殖システムが進化するのかは生命の興味深い点の1つとされる。
線虫の仲間は生殖に関しては特殊な一面があり、数々の研究において人類に貢献してきたモデル生物である「Caenorhabditis elegans」(C.elegans)を筆頭に、雌雄同体が3種類確認されている。その他の近縁種は雌雄異体であることから、雌雄異体と雌雄同体の種を比較することが可能。しかも、実験的な検証も容易である上に、ゲノムサイズが小さいことから、Caenorhabditis属の線虫は、生殖システムの進化を研究するための非常に優れたモデルケースとなるという。
生物の進化には、タンパク質の設計図となる「コード領域」だけでなく、タンパク質の発現を制御する「非コード領域」も関連すると考えられている。また、ゲノム中には種を越えて塩基配列が保存されている「非コード保存領域」(CNE)も存在しており、遺伝子発現の制御などにおいて重要なことがわかっている。近年では、CNEの急速な進化が転写、翻訳機構の改変を介して「形質」(生物の持つ性質や特徴のこと)の進化を引き起こすことが示され始めており、雌雄異体と雌雄同体の進化においても、CNEの急速な進化が関連している可能性がある。しかし、これまでに検証は行われておらず、進化メカニズムは不明なままだったという。そこで研究チームは今回、雌雄同体の進化メカニズムの解明を目的として、雌雄同体の種において生じたCNEの急速な進化に着目することにしたとする。
今回の研究では、Caenorhabditis属の線虫のゲノムを比較してCNEが網羅的に同定され、雌雄同体の進化に伴って、急速に進化したCNE(加速進化CNE)が抽出された。次に、それらの加速進化CNEの近傍に存在する遺伝子の機能が調査された。その結果、性差や生殖に関わる遺伝子が多く存在することが判明。また、加速進化CNEの近傍には、精子形成に関連した遺伝子発現パターンを示す遺伝子が多いことも示されたという。これらの結果は、非コード領域中に生じる急速な進化が、遺伝子発現制御などの変化を介して、雌雄同体の進化に関与したことを示唆するものとする。
さらに、ゲノム編集技術を用いて、雌雄同体種の加速進化CNEを雌雄異体の配列と入れ替えることで、精子形成に関わる遺伝子の発現量が減少することも確認できたという。このことは、CNEに生じた加速進化が、雌雄同体の精子形成能力などの形質の進化に寄与した可能性が示されているとした。
従来、生物の性はオスとメスという明確に区別できるものとして捉えられることもあったが、近年では中間的な性の発達やジェンダーの多様性など「性の柔軟さ」への理解や認識も広まってきた。多様な生物の性に注目すると、線虫のように同時的に精子と卵を同時にもつことができる生物もいれば、魚類のように精子を作る時期と卵を作る時期が一生のうちに切り替わる生物までもいる。
今回の研究により、線虫の雌雄同体の進化にはゲノム中のタンパク質にならない領域に生じる急速な進化が重要である可能性が示された。今回の成果は、雌雄同体の進化機構、発達過程の解明を介して、生物が持つ性の柔軟さの理解を深めることにつながるという。さらに、精子と卵子を作る能力が獲得された仕組みを解明し、人工的に生物の性を制御できるようになれば、生殖医療や生物保全活動への応用も期待されるとしている。