東京大学(東大)は5月9日、プランクの熱放射則で決まるとされていた熱放射を、シリコン膜の表面をわずかに酸化させ、「表面フォノンポラリトン」の効果を加えることにより、熱放射を倍増させることに成功したことを発表した。

同成果は、東大大学院 工学系研究科の立川冴子大学院生/日本学術振興会特別研究員(現・産業技術総合研究所 計量標準総合センター 研究員)、同大 生産技術研究所(生研)のホセ・オルドネス国際研究員(フランス国立科学研究センター(CNRS) 研究者兼任)、同・ロラン・ジャラベール国際研究員(CNRS 研究エンジニア兼任)、同・セバスチャン・ヴォルツ国際研究員(CNRS 研究ディレクター兼任)、同・野村政宏教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

半導体の微細化と高集積化に伴い、性能や信頼性、寿命などに大きく影響する熱管理の重要性が増している。熱の伝わり方には、伝導、対流、放射の3種類があるが、誘電体薄膜においては、4つ目の伝わり方として表面フォノンポラリトンが活躍することが知られている。表面フォノンポラリトンとは、誘電体の界面における格子振動が電磁波により励起され、その結果、今度は励起された格子振動により電磁波が増幅される現象のことだ。

  • 表面をわずかに酸化させたシリコン構造から、表面フォノンポラリトンによって面内方向に強い熱放射が起こることを示す概念図

    表面をわずかに酸化させたシリコン構造から、表面フォノンポラリトンによって面内方向に強い熱放射が起こることを示す概念図(出所:東大 生研Webサイト)

誘電体の単一薄膜においては、表面フォノンポラリトンが薄膜の面内方向に熱を放射するため、放射波長より薄い薄膜からの面内方向の輻射熱は、「黒体輻射限界」を上回ることが知られている。しかし、単一薄膜は、形状の維持が困難であり、より扱いやすい丈夫な支持構造を有する構造での実現が望まれていた。そこで研究チームは今回、表面フォノンポラリトンを利用して、シリコンから空間への熱放射を増強する目的で、実験を行うことにしたとする。

実験ではまず、厚さ10μmのシリコン(非誘電体)の両面を30nmだけ酸化させ、表面フォノンポラリトンを発生させられる3層構造の誘電体が形成された。そして、その多層膜の端からの熱放射の強さを測定するため、2つの構造を10.7μmのギャップを開けて対向する構造が作製された。続いて、2つの3層構造上にそれぞれ金属線を形成し、ジュール熱により加熱されるヒーターと、電気抵抗の温度依存性を利用した温度センサが作製された。一方の3層構造のヒーターに電流を流して加熱し、温度を上昇させると、輻射熱輸送によりもう一方の構造の温度が上昇するので、その温度上昇を温度センサで測定することで、2つの3層構造間における輻射熱輸送(熱コンダクタンス)が評価された。

  • 作製されたデバイスの概念図

    (A)作製されたデバイスの概念図。厚さ10μmのシリコンを、薄いシリコン酸化膜で挟んだ3層構造が対向している。それぞれに電圧を印可できるよう金属線が形成されている。片方に電流を流してヒーターとして温度を上昇させ、発生した表面フォノンポラリトンが、もう片方の構造に向かって放射される。その放射エネルギーを受け取ることで上昇する温度を、センサとして機能する金属線で計測が行われた。(B)作製されたデバイスの電子顕微鏡写真。3層構造間は10.7μmのギャップで隔てられている(出所:東大 生研Webサイト)

まず、シリコンだけの場合を測定すると、プランクの熱放射則にしたがって、温度上昇に伴い熱コンダクタンスが上昇する一方、3層構造においてはその2倍ほど大きな値となり、黒体輻射限界を上回る値が観測された。これはプランクの熱放射則では説明できず、表面酸化膜の形成によって発生した表面フォノンポラリトンの寄与が考えられるという。

  • シリコンのみの場合の測定値が青丸で、プランクの熱放射則による理論的計算値が青い実線で示されている

    シリコンのみの場合の測定値が青丸で、プランクの熱放射則による理論的計算値が青い実線で示されている。一方、3層構造における実測値が赤丸で示されており、シリコンのみの場合と比べ、約2倍大きい値を示している。3層構造の対向面間について、プランクの熱放射則による推測値は緑の領域であり、3層構造における熱コンダクタンスの増加はプランクの熱放射則では説明できない。表面フォノンポラリトンの効果を考慮した理論計算により算出された値が赤い実線となり、実測値とよく一致していることから、表面フォノンポラリトンが構造からの熱放射を倍増させていることが明らかにされた(出所:東大 生研Webサイト)

その裏付けを得るために、3層構造内の表面フォノンポラリトンの伝播、および空間への放射・吸収が理論的に計算された。計算の結果、輻射熱の大きさは、測定値とよい一致を示すと共に、シリコン酸化膜とシリコンの界面で励起された表面フォノンポラリトンがシリコン内の「導波モード」に結合し、シリコンが導波路として機能することが突き止められた。なお導波モードとは、屈折率の異なる材料を重ねることで、全反射や屈折により中心の材料にのみ光を伝搬させる導波路構造において、導波路のサイズと波長の関係から、導波路内に存在できる定在波のことである。

シリコン内を伝搬した表面フォノンポラリトンは、側面から面内方面に放射され輻射熱輸送を増強することがわかっている。つまり、今回の研究により、これまでに知られていた単一薄膜からの熱輸送とは異なるメカニズムの輻射熱輸送の増強を引き起こすことが明らかにされた。研究チームは今後、電子機器における熱管理、輻射ヒーターや宇宙空間での放熱などにも応用が期待されるとしている。