神戸市中央区の神戸商工貿易センタービルの最上階に足を運ぶ企業が増えてきた。AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)を活用したサービスやプロダクトの新たな可能性を探るためだ。
2023年10月11日、日本マイクロソフト(MS)はAIを中心とした開発支援拠点を神戸市に開設した。拠点の名称は「AI Co-Innovation Lab(コ・イノベーション・ラボ)」。MSおよび川崎重工業と神戸市が連携して開設した国内初の拠点で、世界では米国や中国、ドイツ、ウルグアイに続く6拠点目となる。
企業のAI開発を支援する秘密基地
AI Co-Innovation Labでは、デジタル技術を活用した事業アイデアを持つ企業に対し、MSのエンジニアがシステム構築や実装を支援する。利用企業はインターネットで専用サイトから申し込んだ後、数週間にわたるオンラインの事前打ち合わせを経て、実際に同拠点で目的のサービスやシステムをMSのエンジニアと対面で構築する。構築期間はわずか5日間。短期間で成果を上げることにコミットしている。
利用対象は、同社のクラウドサービス「Microsoft Azure」を使っている、もしくは使いたいと考える企業で、企業規模は問わないためスタートアップでも利用できる。料金は利用頻度に応じて異なるが、神戸市とマイクロソフトにて推薦された企業は基本無料で利用できる。開設してから約2カ月間のうちに、58社(224人)が同ラボに来訪し、川崎重工業や博報堂、カーナビの開発を手掛けるパイオニアといった19社(24件)が利用を申し込んでいる。
同ラボで行われる共同開発は一体どのようなものなのだろうか。特別に取材させてもらったので、その内部の様子をお届けしよう。
利用企業の秘密保持を徹底
神戸商工貿易センタービルの24階にその拠点はあった。施設の中央に仕切られたエレベーターホールがあり、その周りを一周できるような構造になっている。
MSのエンジニアと対面でシステムを構築する会議室や、大量のデータを持っている企業がそのデータを丸ごと物理的に持ってくるためのサーバルームがあった。同じような部屋が左右対称に設置されており、それぞれの開発場所に合わせてネットワークが接続できるため、最大2社まで並行して開発できる。
日本マイクロソフト AI Co-Innovation Lab 所長の平井健裕氏は「ラボの利用企業の秘密を守ることに徹底している。不特定多数の人が来る施設だと、実開発を進めるにあたって大きなリスクになるため、一般向けには公開していない。また、施設の利用企業同士がすれ違わないようなレイアウトにしている」と説明した。
各部屋には「MATSU(松)」や「AZISAI(紫陽花)」といった名称がつけられており、約20人ほど入れる大きな会議室もあった。部屋をホワイトボードで仕切ることもでき、利用企業からは「隔離されている感じがとてもいい」と好評だという。
「5日間」でシステムを構築
システムの構築は基本的には5日間で行われる。「5日間はあっという間に終わるため、3~4週間にわたる事前の打ち合わせで開発に必要な知識の共有などを行い、1日単位でスケジュールを事細かに決める。実際は、追加開発などでこの5日間を複数回利用する企業も多い」(平井氏)。
まずはマイクロソフトの技術を紹介し利用例を探る。そして利用企業のユースケースに合わせたPoC(概念実証)を行ったうえで、プロダクトを構築する。これが一連の流れで「スプリントスタイルで開発を支援している」(平井氏)とのことだ。ラボを利用しプロダクトを構築するだけなら基本的には料金は無料で、成果物は100%利用企業に帰属する。
「有料になるが、将来的には宿泊プランといったリフレッシュして開発が行えるプランも用意したい。『AIでこういうプロダクトを作ってみたい』と考えている企業はぜひ利用してほしい」(平井氏)
先進的なAIソリューションを展示
同ラボには、パートナー企業と共創したソリューションを展示するデモルームもある。ソニーや川崎重工業といった企業7社が展示しており(12月13日時点)、さまざまなAIソリューションが紹介されていた。
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製菓会社のユーハイムは、MSのAIなどを活用したAIロボット職人「THEO」を展示。AI Co-Innovation Labで開発したロボットで、熟練職人から学んだ知識と技術でバームクーヘンを焼いてくれる
また、筆者の目を引いたのは、壁一面に描かれたアート作品だ。これは、アーティストのデザイン案を学習した生成AIが創作したもの。生成AIのデザイン案を取り入れてアーティストが描いたという。「AIが脅威としてとらえられるケースは少なくない。このアートを通じて、人間とAIが共生できるということを伝えている」(平井氏)とのことだ。
進化し続けるマイクロソフトのAI
神戸市は国内自治体としては珍しく、米シリコンバレーに直営拠点を持っている。神戸には重厚長大産業が集積しており、これまでスタートアップ支援にも力を入れてきた。
日本マイクロソフト 執行役員 常務 クラウド&AIソリューション事業本部長の岡嵜禎氏は「AIやクラウドといったテクノロジーは、重厚長大産業とさらに融合できるはず。マイクロソフトの先進的なプロダクト開発チームが一体となって、企業のイノベーションをスピーディに促進していきたい」と、同ラボに対する期待を膨らませる。
22年11月にOpenAIの生成AI「ChatGPT」が提供されてから、MSは次々に生成AI関連の製品を発表してきた。特に、テキストや画像、コードを生成するOpenAIの「GPT」をベースにした大規模言語モデル(LLM)をセキュアな環境から実行できる「Azure OpenAI Service」の普及が著しい。採用数企業数は2300社を超え、23年9月末時点の約560社からおよそ4倍に増えた。
また、10月に発表されたWordやExcelといったMicrosoft 365のアプリケーション群で活用できる法人向けの「Copilot for Microsoft 365」も着実に普及が進んでいる状況だ。NECや日立製作所、トヨタ自動車、ソフトバンクといった大企業を中心に約40社が同サービスを導入している。
「うちの会社もAIを活用したサービスを開発したい」と考えている担当者は、神戸市まで足を運び、MSとの密な共同開発を通じてAIの可能性を模索してみてはいかがだろうか。