木の空間は身体に良いのか？ - 東大と三井不動産が共同実証研究を開始

東京大学(東大) 大学院農学生命科学研究科・農学部、三井不動産、三井ホームは10月25日、産学協創「三井不動産東大ラボ」の共同研究の一環として、木の空間が身体にどのような良い影響を与えるかを科学的に証明する実証研究を開始したことを発表した。

東大と三井不動産グループは、木の空間が身体に与える影響について共同実証研究を開始した(出所:三井不動産)

木を使った空間に身を置くと、木のもつ温もりを五感で感じ、リラックス感を得られると認識されている。さらに昨今は“人は自然や動植物などの生命との結びつきを求める”というバイオフィリア仮説の側面から、木材を利用した建築物への注目が高まりつつあるが、木に囲まれた空間が人に与える効果については、未知の部分が多く残されているという。

また匂いについては、その感受性や好みなどに関する個人差は大きいものの、その差にかかわらず匂い成分が生物に作用する場合があることがわかっており、認知していない匂いであってもその効用を受けることができるとする。

そこで東大などは、暮らしの中で継続的に木の匂いの効果を享受できる空間に着目し、木の匂いや木材を採り入れた空間と健康との関係性について解き明かすことを目指し、今回の取り組みを開始したとのことだ。

なお具体的な研究テーマは、以下の2点だという。

木質・木造空間の“匂い”と“光環境調整効果”が睡眠に及ぼす影響について
木質建材の発する“匂い”が認知症予防に与える影響について

そのうち前者においては、三井不動産が主導する形で、優れた断熱性や適度な調湿効果などのさまざまな特性がある木を使った空間について、木がもつ匂いと光環境調整効果に着目し、すまいへの応用を目指した研究を行うとしている。

ヒトが生涯のおよそ3分の1の時間を費やすといわれる睡眠には、疲労回復や免疫機能の向上など多くの役割があるものの、特に日本人は先進国の中でも睡眠時間が非常に短く、半数以上が睡眠の質に悩みを抱えているという。

一方で、スギなどの樹種は、特有の匂いによってヒトの副交感神経活動を優位にさせるため、呼吸数や心拍数を下げ、身体の回復や生維新の鎮静化を導くとされる。また、睡眠を妨げるブルーライトなどの短波長の光を吸収しやすい性質があることから、木材を取り入れた空間の光環境が快眠を促すのではないか、という仮説を立てているとする。そこで今回の研究では、数種類の木材を用いて樹種による効果の違いについて実験を行うとする。

木質・木造空間が睡眠に及ぼす影響に関する研究の概要(出所:三井不動産)

また後者の研究テーマにおいては、認知症発症の前触れの1つである嗅覚障害に着目。将来の日本において、高齢者の5人に1人が患うと予想される認知症については、その対策が喫緊の課題となっており、世界各国で発症を遅らせる手法や新薬などの研究開発が進んでいるものの、高額な費用設定に伴う医療保険財政への危機感をはじめ、多くの課題が残されているという。

こうした多くの社会課題を引き起こす認知症の前兆として、嗅覚障害が挙げられる。嗅覚は、ヒトがもつ五感の1つであるが、他の感覚に比べてよりダイレクトな刺激を脳に与える神経回路を有しており、鼻から吸い込まれた匂いによる刺激は、記憶・情動を司る脳領域に直接働きかけることができるため、匂いと記憶が密接に結びついていることが知られている。

そこで今回は、東大大学院理学系研究科を主担当として、東大農学部との連携のもと、木材の匂いと認知症の間にある関係に関する研究を開始。木の匂いに包まれることで脳内にある認知症の原因箇所に刺激を与え、認知症の発症を遅らせることができるのかについて、数種類の木材を用いて匂いの空間をつくり、動物実験を通じてその解明を目指すとする。さらにその後は、ヒトのすまいにこの知見を活用していくとする。

木質建材の匂いが認知症予防に与える影響に関する研究の概要(出所:三井不動産)

“人生100年時代”を迎え健康寿命が重視される中、生活習慣病リスクを高める要因の1つである睡眠の質の低下や、寿命の延伸に伴って患者のさらなる増加が見込まれる認知症などが、大きな社会課題となっている。東大などは今回の共同研究を通し、木材を取り入れた空間がもつ力が、これらの社会課題解決にどのように資するのかを化学的に検証していくとのこと。またこの取り組みを通じて、新たな木材の価値を掘り起こし、ヒトが暮らす空間に木材を取り入れるメリットを科学的に裏付けることで、より良い未来の暮らしに資する木材の活用を推進していくとしている。