米国航空宇宙局(NASA)と民間企業アクシアム・スペースは2023年3月15日、有人月探査計画「アルテミス」で宇宙飛行士が着る、新型宇宙服「AxEMU」を公開した。

アポロ計画で使用された宇宙服と比べ、柔軟性や保護性能などが向上。月の南極で長い期間探査活動をするために必要な性能を兼ね備えている。早ければ2025年にも、この宇宙服を来た宇宙飛行士が月に降り立つことになる。

  • アクシアム・スペースが開発した新型宇宙服「AxEMU」の試作品

    アクシアム・スペースが開発した新型宇宙服「AxEMU」の試作品。このカラーリングはお披露目用の特別なもので、実際に月で使う際には、熱を反射させるため白色になる (C) Axiom Space

アクシアム・スペースの宇宙服「AxEMU」

NASAは現在、欧州や日本、カナダなどとともに、アポロ計画以来となる有人月探査計画「アルテミス」を進めている。早ければ2025年にも、「アルテミスIII」ミッションで2人の宇宙飛行士が月の南極に降り立ち、その後も継続的に探査を行うことを目指している。

このアルテミス計画のため、NASAは当初「Exploration Extravehicular Mobility Unit(xEMU)」という新しい宇宙服を独自に開発していた。しかし、コスト増と技術的課題に直面したのち、民間企業に競作させることを決定。2022年6月、アクシアム・スペース(Axiom Space)とコリンズ・エアロスペース(Collins Aerospace)の2社が選ばれ、それぞれ開発を続けている。NASAは両者に対し、資金援助のほか、過去の宇宙服の開発や運用で得られた知見も提供している。

実際に月で使う際には、NASAはこれらの企業から、宇宙服やその運用をサービスとして購入して宇宙飛行士に着用させる。こうした取り組みにより、宇宙ビジネスの振興や探査活動の効率化を図っている。また月面だけでなく、国際宇宙ステーション(ISS)や有人火星探査での応用も計画されている。

今回アクシアムが発表した宇宙服は「Axiom Extravehicular Mobility Unit(AxEMU)」と呼ばれ、xEMUの設計をベースに、同社独自の技術も投じて開発された。月面で活動できる時間は最大約8時間で、性別はもちろん、あらゆる身長や体重に幅広く対応でき、米国の人口の少なくとも90%の人が着られるほどだという。

AxEMUの大きな特徴のひとつは柔軟性、機動性の高さである。月面において宇宙飛行士は、ただ歩くだけでなく、ひざまずいたり、体を曲げたり、向きを変えたり、さまざまな動きをする必要がある。とくにアルテミス計画では月の資源探査が大きな目的のひとつとなっており、地球上で岩石を収集する地質学者と同じような動きする必要もある。このため、軽量かつ高い可動域、柔軟性をもたせている。

また、宇宙飛行士がさまざまな科学機器など装備できるようにし、探査のニーズを満たして科学的な成果を拡大できるようにも設計されている。

もうひとつは月の過酷な環境や危険からの保護性能である。太陽からの放射線や微小隕石の衝突からの保護はもちろん、月には細かい砂があり、僅かな隙間からも簡単に入り込んでしまいコンピューターなどに悪影響を与えるため、防塵性能も重視されている。

また、とくにアルテミス計画は月の南極、その中でも永遠に影に覆われている「永久影」の中を探査することになっている。永久影の内部は極寒の世界であり、その中でも安全に活動できる宇宙服の開発は、大きな技術的挑戦だったという。

AxEMUの設計を手掛けたRussell Ralston氏は「月の永久陰には、これまで誰も行ったことがありません。その世界は例えるなら液体窒素の中で活動するようなもので、とても難しい問題でした」と語る。

こうした新技術とは裏腹に、排泄物の処理については、アポロ代や現在も使われている宇宙服と同じように、おむつを履いて対応することになっている。

なお、今回公開されたAxEMUはあくまで試作品だという。カラーリングも、黒を基調に、青とオレンジが入ったいままでにないものだが、これも宇宙服の設計を隠すためのもので、実際に月面で使う宇宙服は白色になる。月など大気のない場所で使う宇宙服の場合、太陽の熱を反射させて極端な高温から宇宙飛行士を保護するため、白色にしなければならないという制約がある。

この特別カラーは、Apple TV+で放送されているドラマ『フォー・オール・マンカインド(For All Mankind)』のコスチューム・デザイナーと協力し、アクシアムのロゴとブランド・カラーを使用して製作したものだという。

アクシアムでは、今年の夏の終わりまでに、訓練用の宇宙服のセットをNASAに納入する予定だとしている。

また昨年9月には、NASAから、アルテミスIIIミッションに宇宙服を提供する12億6000万ドルの契約の下で、2億2850万ドルのタスク・オーダー(個別発注)を獲得。今後の開発や試験が順調に進めば、アルテミスIIIで実際にAxEMUが使われることになる。

  • アクシアム・スペースが開発した新型宇宙服「AxEMU」の試作品

    アクシアム・スペースが開発した新型宇宙服「AxEMU」の試作品 (C) Axiom Space

アクシアム・スペースとコリンズ・エアロスペース

アクシアムは2016年に設立された企業で、テキサス州ヒューストンに拠点を置く。

宇宙飛行、旅行の手配や仲介、サービスの販売を行っており、2022年4月には4人の「民間宇宙飛行士」をISSに送り込む「Ax-1」を実施。今年5月には2回目のミッション「Ax-2」が控えている。将来的にはISSに自社製のモジュールを結合したり、単独で商業用の宇宙ステーションを運用したりすることも目指している。

アクシアムと並んで宇宙服の開発に参加しているコリンズ・エアロスペースは、航空宇宙・防衛大手のレイセオンの子会社で、ノースカロライナ州に拠点を置く。宇宙機向けの電子機器、地球センサー、リアクション・ホイール、磁力計、磁気トルカなどの製造では最大手として知られる。

また、長い吸収・合併の歴史をたどれば、アポロ計画で宇宙飛行士が月面を歩く際に使った宇宙服や、現在NASAの宇宙飛行士がISSの船外で活動するときに着用している宇宙服の設計を手掛けてきた歴史をもつ。

同社は、ISSの船外活動で使用するための宇宙服の開発で、NASAと9700万ドルの契約を結んでいる。

  • アルテミス計画において、月面で活動する宇宙飛行士の想像図

    アルテミス計画において、月面で活動する宇宙飛行士の想像図 (C) NASA

参考文献

Spacesuit for NASA’s Artemis III Moon Surface Mission Debuts | NASA
Axiom Space reveals next-generation spacesuit for astronauts returning to lunar surface - Axiom Space
Axiom Suit - Axiom Space
NASA Taps Axiom Space for First Artemis Moonwalking Spacesuits | NASA