あの人、なんか近寄りがたいよね……

読者諸君も何度かは口にした経験があるのではなかろうか。近寄りがたいオーラどころか、もうそのマントを羽織っている、いや、もはや普段着として着こなし「近寄らないでください!!!」と声にもならない声を鋭意発信し続けている猛者達に遭遇したという人もいるかもしれない。

一方で、筆者の想像の限界を突破するほど周りに人が集まってくる人もいるのも事実だ。

かくいう筆者は、近寄りがたいオーラが出てしまうことを自覚しているため、1人の周りに10人集まっている光景を見たときさえ、熱帯雨林でオーロラが見えるほどの怪奇現象に映るわけだが。

一方で、この“近づくなオーラ”が世界を救うことだってあるのだ。何を隠そう「虫よけスプレー」は、夏の山中において必需品だ。また、マラリアやデング熱のような蚊を媒体とする感染症を予防するといった観点からみても、この“近づくなオーラ”は世界を救っているといっても過言ではなかろう。

近づくなオーラに栄光あれ。

という偏屈筆者の戯言はここまでとして、そろそろ本題の方に移ろう。

今回紹介する研究は、タイトルにもある通り蚊を効果的に避ける技術についてだ。花王パーソナルヘルスケア研究所は、低粘度シリコーンオイルとシトロネラオイルやDEETなどの忌避成分※1を組み合わせることによって、蚊よけ効果が大幅に向上することを見出したのだ。

研究成果は国際学会である「44th annual meeting of the Association for Chemoreception Sciences」にて2022年4月29日に発表したとしている。

近年、地球温暖化や交通網発達に伴い蚊の生息域が拡大し、蚊を媒体とする感染症増加が課題としてある。感染予防のために様々な対策が行われているが、家庭で取り入れることのできる蚊対策として最も一般的なものは虫よけ剤だ。

この虫よけ剤は、忌避成分によってベタつきやニオイを伴うため、使用者的にはもう少し心地が良くつけたいというのが本音である。

これまで花王は、低粘度シリコーンオイルを塗布することで蚊の嫌う肌表面を作り、蚊に刺されることを防ぐ技術を報告している。同技術の詳細は、「Scientific Reports」に掲載された。

また同社は、化粧品に一般的に使用される低粘度シリコーンオイルを塗布した皮膚では、蚊の降着時間が短くなることも確認している。これは、低粘度シリコーンオイルが蚊の脚にすばやく濡れ広がることで蚊の脚に引力が生じ、逃避行動を誘発するためという。

  • 低粘度シリコーンオイルを塗布した表面に蚊がとどまらない様子

    低粘度シリコーンオイルを塗布した表面に蚊がとどまらない様子(出典:花王)

このようなユニークなメカニズムを応用し、ベタつきやニオイといった課題を解決する新たな虫よけ剤開発につなげた。そしてたどり着いたのが、低粘度シリコーンオイルと一般的によく使われる忌避成分であるシトロネラオイルやDEETと組み合わせた虫よけ剤である。

まず、忌避素材の効果を検証するため、蚊の飼育用ケージを用いて蚊の行動を観察した(AIC試験)。25匹の蚊が入ったケージに、従来の忌避成分濃度の10分の1~100分の1のシトロネラオイルを配合した製剤(表面の付着量4μg/cm2)を塗布した前腕を入れ、蚊の前腕への降着行動を観察した。

その結果、低濃度のシトロネラオイル単独では弱い忌避効果しか示さなかったが、低粘度シリコーンオイル(表面の付着量0.2mg/cm2)と低濃度のシトロネラオイルを組み合わせた製剤では、蚊の忌避性が大幅に向上し、蚊の降着数が顕著に減少したのである。

  • 低粘度シリコーンオイルとの組み合わせで忌避性が向上。左:低濃度シトロネラオイル、右:低濃度DEET

    低粘度シリコーンオイルとの組み合わせで忌避性が向上。左:低濃度シトロネラオイル、右:低濃度DEET(出典:花王)

この効果は、単独では効果を示さない極めて低濃度のDEET(表面の付着量0.2μg/cm2)と組み合わせた場合においても確認できた。

続いて、このメカニズムについて探るため、低粘度シリコーンオイルとシトロネラオイルを組み合わせて塗布した表面に蚊の脚を触れさせる実験を行った。その結果、蚊の脚に付着したシトロネラオイルの量は、シトロネラオイル単体の場合と比較して多いことが確認された。

これは、蚊が表面に降着するときに、低粘度シリコーンオイルがただちに蚊の脚に濡れ広がる際に、シトロネラオイルも低粘度シリコーンオイルと一緒に蚊の脚に移行するためだと考えられる。

この現象は低粘度シリコーンオイルに特有で、例えばグリセリンのような物質では認められなかった。

  • 忌避成分が低粘度シリコーンオイルとともに蚊の脚に移行

    忌避成分が低粘度シリコーンオイルとともに蚊の脚に移行(出典:花王)

蚊は脚にある感覚受容体で化学物質を受容することが知られている。そのため、蚊の脚にシトロネラオイルが移行すると、脚の感覚受容体がシトロネラオイルを検出し、蚊が表面をより嫌なものとして感じる可能性がある。すなわち、ヒトの肌に低粘度シリコーンオイルと組み合わせたシトロネラオイルやDEETを塗布することで、蚊に刺される数を低減させることにつなげていくことができる。

花王は今後も、生活者がより簡便に安心して蚊対策を行えるようになるための技術開発を進め、蚊に刺される数の低減、蚊媒介感染症の予防に寄与することを目指すとした。

文中注釈

※1:忌避成分の取り扱いは各国の規制により異なる