慶應義塾大学(慶大)は3月11日、大腸がんに対する患者由来オルガノイドを用いた新規薬剤スクリーニングシステムを開発したと発表した。

同成果は、慶大医学部 坂口光洋記念講座(オルガノイド医学)の佐藤俊朗教授らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の化学と生物学とその関連分野全般を扱う学術誌「Nature Chemical Biology」に掲載された。

大規模薬剤スクリーニングでは、多数の候補薬剤をさまざまな濃度で検討するため、事前に細胞を効率よく大量に培養することが求められる。また、バラつきが少なく信頼性が高いデータを取得するためには、細胞あるいはオルガノイドを均等に育てる必要もある。

しかし、従来のヒト大腸オルガノイド培養法は効率が低かったことから、正常ヒト大腸オルガノイドを大規模薬剤スクリーニングに用いることが難しかったという。そうした中、近年の研究からIGF-1とFGF-2という増殖因子を培地に添加することで、ヒト腸管オルガノイドの培養効率が向上できることを報告したのが佐藤教授率いる研究チームだという。

今回の研究では、この培養条件を応用した浮遊培養技術を用いることで、内視鏡下生検検体に相当する少量の組織量から、正常ヒト大腸および大腸がん細胞を約1~2か月の間に1000万細胞まで安定的に増やすことが可能となる技術が開発された。

  • 大腸がんに対する患者由来オルガノイド

    患者由来オルガノイドを用いた新規薬剤スクリーニングシステムの開発。IGF-1とFGF-2という2つの増殖因子を加えることで、正常およびがんヒト腸管上皮オルガノイドの安定かつ効率的な大量培養が可能になった (出所:慶大プレスリリースPDF)

また、同システムを用いて正常ヒト大腸オルガノイド6株とヒト大腸がんオルガノイド20株に対して56種類の薬剤を用いてスクリーニングが行われ、高精度な薬剤感受性データを取得。正常大腸オルガノイドと大腸がんオルガノイドの治療応答性を直接比較することで、正常細胞を傷害せず大腸がんに対してのみ効果を示す薬剤が探索されたところ、ブロモドメインタンパク質阻害剤「(+)-JQ1」が、正常大腸オルガノイドに比べて大腸がんオルガノイドに対して強い効果を示すことが判明したほか、トランスクリプトミクス分析により、(+)-JQ1は結腸直腸がんで異常に活性化される遺伝子発現を抑制することも確かめられたとする。

  • 大腸がんに対する患者由来オルガノイド

    BETブロモドメインタンパク質阻害剤の効果。ブロモドメインタンパク質阻害剤である(+)-JQ1は正常大腸オルガノイドと比較し大腸がんオルガノイドに強い効果を示す (出所:慶大プレスリリースPDF)

ブロモドメインタンパク質阻害剤はスーパーエンハンサーを標的とすることが知られているため、今回の研究結果は、(+)-JQ1が発がん性依存性プログラムを抑制することによって、がんオルガノイドの増殖を抑制したことが示唆されたと研究チームでは説明しているほか、潜在的な治療法の発見のために正常細胞を使用することの有用性も示されたともしている。

がんでは多数の遺伝子異常が見られるが、同時に、遺伝子配列には異常をきたさない異常(エピゲノム異常)があることも知られている。また、大腸がんでは、約20%の症例において、「CpG island methylator phenotype」(CIMP)というエピゲノム異常が確認されているが、今回の研究では、薬物反応の統合分析により、パクリタキセル感受性とCpGアイランドメチレーター表現型(CIMP)の間に有意な正の相関が検出されたとのことで、これはBRAF変異とマイクロサテライト不安定性を伴う結腸直腸がんでよく見られるという。

また、CIMP陽性がんの異種移植片は、一貫してパクリタキセルに対する感受性が示され、CIMP陽性の結腸直腸がんにおけるパクリタキセル感受性の根底にある分子メカニズムとして、紡錘体チェックポイント関連遺伝子であるCHFRの不活性化が特定され、CRISPR/Cas9を介したノックアウトとオルガノイドにおけるCHFRの過剰発現により、CHFRの欠陥とパクリタキセルの感受性との因果関係が検証されたほか、CIMP陽性がんのパクリタキセル感受性が異種移植片を使用して試験管内で確認されたとのことで、今回の結果について研究チームでは、乳がん、胃がん、卵巣がんなどのさまざまながんで臨床的に用いられる抗がん剤パクリタキセルのCIMP陽性結腸直腸がん治療への転用可能性が示唆されたとしている。

  • 大腸がんに対する患者由来オルガノイド

    CIMP陽性がんオルガノイドのパクリタキセル感受性。CIMP陰性がんと比較してCIMP陽性がんはパクリタキセルに対する感受性が高い (出所:慶大プレスリリースPDF)

なお、研究チームでは、今回開発された技術について、バイオマーカー研究および新規創薬研究に有用であることから、基礎研究および創薬研究での幅広い応用が期待されるとしている。