東京慈恵医科大学(慈恵医大)は3月9日、ヒトiPS細胞から内耳オルガノイド(人工臓器)を培養する新規手法を開発し、薬剤性難聴の治療候補薬の薬効評価に活用できることを示したと発表した。

同成果は、東京慈恵会医科大学 再生医学研究部の岡野James洋尚教授、同 耳鼻咽喉科学講座の小島博己教授、栗原渉助教、平林源希医師、吉田知彦医師、同 神経科学研究部の加藤総夫教授、永瀬将志氏、慶應義塾大学医学部 耳鼻咽喉科学教室の藤岡正人 専任講師(当時。現 北里大学医学部 分子遺伝学 主任教授)、同 細谷誠助教、小川郁教授、同 生理学教室の岡野栄之 教授らによるもの。詳細は、「STEM CELLS Translational Medicine」に掲載された。

難聴は世界人口の5%に発生し、2050年には10%に増加すると予想されており、その多くが内耳障害とされるが、根本的な治療法は未だ開発されていない。また、近年、難聴は認知症の危険因子のうち、予防可能なものの中でも中年期の最大のリスクであるとされるようになっており、超高齢化社会を迎える日本において、難聴の包括的な診療の整備は喫緊の課題とされているという。

ロック難聴やヘッドホン難聴とも呼ばれる感音難聴は内耳障害により生じ、全難聴の9割を占めるとされている。その病因の首座は、有毛細胞と内耳神経(蝸牛神経節細胞)にあるとされるが、内耳は組織採取が困難であり、ヒト組織を研究で使用することが難しいことから、病態解明が困難とされてきた。また、げっ歯類を用いた調査では、多くの知見をもたらしてきた一方で、ヒトの遺伝性難聴のフェノタイプが再現できない、霊長類と発現分子のプロファイルが異なるといった報告がなされており、げっ歯類と霊長類での種差の大きさが問題視されているという。

そうした背景を踏まえ、今回の研究では、内耳の重要な構成細胞である内耳神経細胞をiPS細胞から作成することに成功し、内耳神経細胞を用いて、実際に臨床現場で問題となる薬剤性難聴モデルを作製し、その解析を行ったという。

具体的には、先行研究により、内耳組織を幹細胞から再現する試みが報告されるようになってきたものの、誘導効率が低かったり、内耳神経の特性が精査されていないという課題があったことから、今回の研究では、内耳神経細胞の評価が可能な内耳オルガノイドの作製として、プロトコールの確立を進め、内耳のもとになる前駆細胞をiPS西郷から高い純度で誘導し、それを神経栄養因子を添加しながら培養することで、内耳オルガノイドの形成に成功したという。

  • 内耳オルガノイド

    内耳オルガノイドの誘導プロトコール (出所:慈恵医大プレスリリースPDF)

また、培養50日目のオルガノイド内部から、有毛細胞を模倣した細胞が局在していることを確認したほか、内耳オルガノイド表面の神経細胞の調査から、生体と同様にI型ならびにII型の内耳神経節細胞を模倣した細胞が存在していること、細胞の形態としても、75%が生体の内耳神経細胞と同様の双極性神経細胞であることが確認されたという。

さらに、こうして培養された「内耳神経様細胞」についての機能解析を行ったところ、電気性生理学的特性解析から、ほとんどの細胞が活動電位を発し、成熟型神経細胞の特性を有していることが示されるなど、生体を模倣していることが確認されたとする。

  • 内耳オルガノイドの構成細胞

    内耳オルガノイドの構成細胞 (出所:慈恵医大プレスリリースPDF)

  • 蝸牛神経節細胞様細胞のパッチ・クランプによる機能解析/評価

    蝸牛神経節細胞様細胞のパッチ・クランプによる機能解析/評価 (出所:慈恵医大プレスリリースPDF)

加えて、薬剤傷害モデルの解析として、抗がん剤の一種で反復使用により副作用として難聴を引き起こすことが知られており、その原因として内耳外有毛細胞、血管条、内耳神経の障害が推察されている「シスプラチン」の作用を内耳神経様細胞を用いて解析したところ、シスプラチンの投与により、不可逆性の神経細胞障害が惹起されたほか、細胞障害の特徴として神経線維の断片化、細胞収縮が見られ、アポトーシスを誘導していることが示されたという。

これを踏まえ、治療法を模索したところ、CDK2阻害剤の1つである「ケンパウロン」にアポトーシス、活性酸素種産生が抑制されることを確認したほか、投与24時間までは優位に神経障害作用を抑制することを確認したが、それ以降は有意差は見られなかったとのことで、細胞死までは抑制できないことが少なくとも今回の研究から判明したとする。

なお、研究チームでは、今回の研究で確認された神経保護作用のメカニズムについては、さらなる検討が必要であるとしつつも、シスプラチン起因性難聴の治療法開発につながる成果が得られたとの見方を示しており、今後、さらなる研究を重ね、難聴の病態解析、治療法の解析などにつなげていきたいとしている。