情報通信研究機構(NICT)、産業技術総合研究所(産総研)、名古屋大学(名大)、科学技術振興機構(JST)の4者は9月20日、超伝導材料にアルミニウムを使用しない超伝導量子ビットとして、シリコン基板上のエピタキシャル成長を用いた「窒化物超伝導量子ビット」の開発に成功したと発表した。

同成果は、NICT 未来ICT研究所 小金井フロンティア研究センター 量子ICT研究室の金鮮美主任研究員、NICT 未来ICT研究所 神戸フロンティア研究センター 超伝導 ICT研究室の寺井弘高室長、名大大学院 工学研究科 電子工学専攻 量子システム工学の山下太郎准教授、NICT 未来ICT研究所 神戸フロンティア研究センター 超伝導ICT研究室のWei Qiu主任研究員、NICT 未来ICT研究所 小金井フロンティア研究センター フロンティア創造総合研究室の布施智子主任研究員、同・吉原文樹主任研究員、同・Sahel Ashhab上席研究員、産総研 ナノエレクトロニクス研究部門 超伝導計測信号処理グループの猪股邦宏主任研究員、東京大学 大学院理学系研究科 附属フォトンサイエンス研究機構の仙場浩一特任教授(JST CREST「超伝導量子メタマテリアルの創成と制御」研究代表者/NICT 未来ICT研究所 小金井フロンティア研究センター フロンティア創造総合研究室 プロジェクトリーダー兼務)らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の材料科学が題材のオープンアクセスジャーナル「Communications Materials」に掲載された。

量子コンピュータで使用される量子情報の最小単位である量子ビットのうち、0と1の重ね合わせの状態を、超伝導体で構成される量子回路で実現するタイプは「超伝導量子ビット」と呼ばれるが、量子重ね合わせ状態の寿命である「コヒーレンス時間」をいかにして延伸するかが、実用化の課題となっており、世界中でさまざまな取り組みがなされている。その大半において超伝導量子ビットの材料には、アルミニウム(Al)と「アルミニウム酸化膜」(AlOx)が用いられているが、絶縁層として多く使われている非晶質の酸化アルミニウムは、ノイズ源としても懸念されており、この問題を解決できる別の材料の検討が必要不可欠とされていた。

超伝導転移温度が1K(約-272℃)のアルミニウムおよび非晶質酸化アルミニウムに替わるものとして、これまでNICTにおいて着目されてきたのが、16K(約-257℃)の超伝導転移温度を持つ「窒化ニオブ」(NbN)と、エピタキシャル成長法で結晶化された「窒化アルミニウム」(AlN)で、NbNを電極材料とし、ジョセフソン接合の絶縁層にAlNを使用した全窒化物の「NbN/AlN/NbN接合」を用いた超伝導量子ビットの研究開発が進められてきたという。

また、これまでは上部電極まで結晶配向がそろったNbN/AlN/NbN接合を実現するために、NbNと結晶の格子定数が比較的近い酸化マグネシウム(MgO)基板を用いる必要があったというが、MgOは誘電損失が大きく、MgO基板上のNbN/AlN/NbN接合を用いた超伝導量子ビットのコヒーレンス時間は0.5μs程度に留まっていたという。

そこで、NICTが新たに開発したのが、MgOよりも誘電損失が小さいシリコン基板上に窒化チタン(TiN)をバッファ層とするNbN/AlN/NbNエピタキシャル接合で、今回の研究では、それを用いた量子ビット回路の設計・作製、ならびに評価が行われた。

  • 量子技術

    (a)マイクロ波共振器と量子ビットの概念図。(b)窒化物超伝導量子ビット回路の光学顕微鏡画像。(c)窒化物超伝導量子ビット(一部)の電子顕微鏡画像と素子の断面図。(d)エピタキシャル成長させた窒化物ジョセフソン接合の透過型電子顕微鏡画像 (出所:共同プレスリリースPDF)

その結果、誘電損失が減り、窒化物超伝導量子ビットから数十μs台のコヒーレンス時間観測に成功したという。ただし、この窒化物超伝導量子ビットはまだ開発初期段階であり、量子ビットのデザインや作製プロセスの最適化により、コヒーレンス時間のさらなる改善が可能と考えられるとしている。

  • 量子技術

    コヒーレンス時間の測定結果。(a)エネルギー緩和時間T1=18.25μsと(b)位相緩和時間T2=23.20μsが得られたという (出所:共同プレスリリースPDF)

そのため研究チームでは今後、コヒーレンス時間のさらなる延伸、将来的な大規模集積化を見据えた素子特性の均一性の向上を目指して、回路構造や作製プロセスの最適化に取り組み、従来のアルミニウムベース量子ビットの性能を上回る量子ハードウェアの新しいプラットフォームの構築を目指すとしている。