神戸大学、東北大学、京都産業大学(京産大)の3者は6月18日、海洋研究開発機構(JAMSTEC)が運用するスーパーコンピュータ(スパコン)「地球シミュレータ」(4代目)を用いて、金星の大気の流れをシミュレーションする大気大循環モデル「AFES-Venus」を過去最高となる解像度で実施することで、惑星規模の「熱潮汐波」から小規模な「大気重力波」が自発的に励起されることの再現に成功し、そのメカニズムを解明したと発表した。

同成果は、慶應義塾大学(慶大) 法学部 日吉物理学教室の杉本憲彦教授(慶大 自然科学研究教育センター 副所長兼任)、慶大 自然科学研究教育センターの藤澤由貴子研究員、神戸大 大学院理学研究科の樫村博基講師、奈良女子大学 理学部 化学生物環境学科 環境科学コースの野口克行助教、東北大大学院 理学研究科の黒田剛史助教、京産大 理学部 宇宙物理・気象学科の高木征弘教授、神戸大 大学院理学研究科の林祥介教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系のオンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

地球のすぐ内側を回る金星は、太陽系内おいて地球に似たサイズと重力を持つことから地球の双子などとも呼ばれるが、環境はまったく異なり、金星の大気圏内はよく“地獄のような”と形容される過酷さで知られる。

その大気は、高度45~70kmの辺りには濃硫酸の雲が浮かび、硫酸の雨も降るという(ただし、地表まで到達する前に蒸発するとされる)。その濃硫酸の雲の最上部付近の高度約70kmの辺りでは、金星をわずか4日で1周するという時速約360kmにもおよぶ強風「スーパーローテーション」が吹き荒れていることが知られている。金星の1日は地球時間で243日とゆっくりで、その速度は時速6kmほどのため、スーパーローテーションは、自転速度の約60倍もの速さで金星の上空を循環しているとされる。

しかし、こうした大気の詳細な調査をするにも、濃硫酸の雲に阻まれて地球からだと観測が難しい。そのため、同じ地球の隣の惑星である火星の大気圏と比べると、その理解は遅れているという。しかし、金星の大気圏についての理解を深めることは、地球の気象の特殊性や普遍性についての理解を深めるためにも重要と考えられている。

また金星は、日本が金星探査機「あかつき」を金星軌道に投入しており、打ち上げから10年を超えた現在も紫外線や赤外線を用いた観測を実施中で、その成果から。これまで知られていなかった金星特有の気象が徐々に分かるようになってきている。

一方で、地球を含めた気象研究には数値シミュレーションも重要であることも知られているが、金星は観測情報の少ないため、再現性の確認が難しいため、探査機による観測と、数値シミュレーションの両輪をそろえた大気研究が求められていた。

その金星の大気についての数値シミュレーションを、あかつきが金星に到着する前から開発してきたのが研究チームで、地球大気シミュレーション用プログラム「AFES(Atmospheric GCM For the Earth Simulator)」を改修して金星大気大循環モデル「AFES-Venus」を開発。JAMSTECが運用するスパコン「地球シミュレータ」(現在は4代目が稼働中)用に最適化された設計となっている。

これまでのシミュレーションでは、実際のスーパーローテーションに等しい状況を再現でき、それを維持する仕組みについての解明にも成功していたほか、これまでの観測で発見されてきた「周極低温域」や雲の巨大な筋状構造も再現し、その生成メカニズムを明らかにしてきている。そして金星大気データ同化システムの開発にも着手し、その有効性を示すさまざまな成果を上げてきている。

今回の研究では、AFES-Venusのシミュレーションとしては過去最高となる高解像度での金星大気の数値シミュレーションを実施。その結果、現実的なスーパーローテーション(東西風)の中に、小規模な大気重力波(水平波長~250km程度)が自発的に励起されていることが発見されたという。

  • 金星

    鉛直速度(カラー)とジオポテンシャル高度の擾乱(等値線)のスナップショット。(a)高度70kmでの経度緯度断面図。(b)赤道での経度高度断面図。等値線で示す惑星規模の熱潮汐波による温位面の歪みから、カラーで示す細かい大気重力波が自発的に励起されている。暖色が上昇流、寒色が下降流を表している (出所:東北大プレスリリースPDF、Nature Communications誌掲載論文の図を一部修正。CC BY 4.0)

大気重力波とは、浮力を復元力とする、波長数十~数百kmの小規模な波のことで、山岳を波源とする地形性と、ジェット、前線、対流などを波源とする非地形性に分類される。

大気重力波が中緯度(緯度30~60度付近)で励起されていることは、これらの緯度帯にジェット気流や低気圧が存在する点で、地球で生じるジェットの出口における自発的な励起と共通性があるという。一方で、低緯度にはこのような励起源は存在しないほか、赤道での断面を見ると、大規模な惑星規模の「熱潮汐波」の構造に伴って、大気重力波が自発的に励起されていることが明らかとなったという。

熱潮汐波とは、太陽が加熱する領域が移動することによって、大気中に励起される惑星規模の波のことである(潮の干満に関わる潮汐は月の引力によるもので、熱潮汐波とは別)。地球においても、昼間に熱せられたあと、夜間に冷却されることにより、一日および半日周期の熱潮汐波が励起される。そして金星にも熱潮汐波が存在することは、観測から確認されていた。

熱潮汐波による大気重力波の自発的な励起メカニズムとしては、2種類あり、1つ目は、熱潮汐波の加速・減速による自発的な励起。熱潮汐波による加速と減速は、ジェット気流の入口と出口に対応する。ジェット気流の中心では、大気は圧縮されるため、鉛直運動が生じる。これが波源となって、自発的に大気重力波が励起されるという。

2つ目は、熱潮汐波がもたらす温位面の歪みによる自発的な励起。ジェット気流付近では、「流体の流れが速いほど、その場所の圧力が低下する」というベルヌーイ効果により歪んだ温位面が山(あるいは谷)のように振る舞う。この面に沿った流れによって鉛直流が生じ、それが波源となって、自発的に大気重力波が励起される仕組みだという。

  • 金星

    大気重力波の励起メカニズム。(a)熱潮汐波によって形成された加速・減速領域によって大気が圧縮され、鉛直運動から大気重力波が励起される。(b)熱潮汐波によって温位面が山(もしくは谷)のように歪み、山岳波のように鉛直流から大気重力波が励起される (出所:東北大プレスリリースPDF)

さらに、大気重力波がもたらす運動量の輸送とスーパーローテーション(東西風)の加速・減速も明らかにされたとする。これまで、熱潮汐波による加速・減速がスーパーローテーションの形成や維持に重要であることが示唆されてきた一方で、今回発見された小規模な大気重力波は、その励起領域で熱潮汐波の加速・減速を半分程度打ち消す働きを持っていることが判明。また上方に伝播し、そこでも同程度の加速・減速をもたらすことが明らかとなったという。このことは、これまで考えられてこなかった小規模の大気重力波が、金星大気中でスーパーローテーションの形成や維持に大きな働きをもたらすことを強く示唆しているとした。

  • 金星

    (a)鉛直運動量フラックス(カラー)と(b)東西風の加速(カラー)、東西風速の擾乱(等値線)の合成図。(a)高度70kmでの経度緯度断面図、(b)赤道での経度高度断面図。等値線で示す惑星規模の熱潮汐波の加速・減速領域(ジェットの出口)から、カラーで示されている細かい大気重力波が自発的に励起され、熱潮汐波による加速・減速を打ち消す働きをするとともに、鉛直運動量が輸送され、上空での加速・減速がもたらされている。太陽直下点を中心に移動させて、時間平均が行われた図 (出所:東北大プレスリリースPDF、Nature Communications 誌掲載論文の図を一部修正。CC BY 4.0)

研究チームによると、AFES-Venusが過去に観測された金星大気のさまざまな現象を再現できている点を考慮すると、今回シミュレートされた現象が実際の金星で発生している可能性が高いことが考えられるとしている。

そのため研究チームは今後、今回の研究で発見された小規模な大気重力波やその励起過程が、金星探査機「あかつき」によって観測されることを期待するとしている。あかつきの紫外線画像では、今回の研究で大気重力波が励起されている、雲層上端の高度70km付近を観測することが可能で、金星に近づくタイミングでは、高分解能の画像が取得できるため、小規模な波の構造を捉えられる可能性があるという。

また、励起された波の働きをモデルや観測でさらに詳しく調べること、特にデータ同化の手法を活用することで、金星に吹く風に関する謎の解明が大きく進むことがと期待されるとしている。