UX(ユーザエクスペリエンス)の研究者としてこの10年間、調査の参加者の協力のもと仕事をしてきました。実際に参加者を研究所に招き、新しい技術を紹介し、彼らがどのように使用し、刺激的な新しいエクスペリエンスへ反応するかを観察してきました。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響を受け、世界中でロックダウンが相次ぐ中、従来のように参加者と対面での調査の実施は、もはや不可能となりました。調査方法が対面からオンラインに移行するにつれ、UXコミュニティにおいて世界的な変化がもたらされました[1]。
オンライン調査への移行は、調査から結果までの所要時間の短縮、オンラインで数百万人のユーザへのアクセスなど、いくつかのメリットがあります。一方で最大の課題は車内にいるようなリアルな体験を再現することです。キーボード操作によるコンピュータベースのシミュレーションでは、実際に車を運転するのと同じ雰囲気が生まれない場合があります。特に高度に専門化されたハードウェアの設定では、リモートで正確な結果を得るのはほぼ不可能です。一部のシナリオでは、ハードウェアを調査参加者の自宅に発送しても問題ありませんが[2] 、非常に複雑なセットアップの場合、それは実行不可能です。
さらに対面調査の最も価値のある側面の1つである、参加者との個人的なつながりを確立する機会が失われてしまいました。そのために、エクスペリエンスが「良い」または「悪い」と認識された理由の追究が困難になりました。製品やエクスペリエンスを向上させる上で、ある特定の方法でユーザにテクノロジーが認識され、理解されることが鍵となります。しかし、オンラインインタビューの場合、ソリューションに関して参加者の理解が十分に得られなかったために、将来性のあるテクノロジーが見過ごされてしまう可能性があります。
したがって、製品開発および改善する上で対面での調査が依然として重要です。しかし、世界的なパンデミックの渦中でその調査をどのように実行できるでしょうか。これまでの研究アプローチは、現実性、コスト、柔軟性などの要素のバランスを保っていましたが、今後は新たに「参加者とファシリテータの安全と健康面の最優先」という要素を交えて調査を進めるこが必要になります。
ドイツのウルムにある「Cerence DRIVE Lab」で実施された「Just Talk」の技術に関する最近の調査を見てみましょう。Just Talkは、文字通り、“単に話しかけるだけ”で音声アシスト機能が実行されるCerenceのソリューションで、“ハイ、●●”などのウェイクアップワードが不要な点が特長です。この調査では実際の会話の音声の収集と分析が非常に重要なポイントになりますが、マスクを装着した状態で音声入力を正しく行うのは難しいため、参加者がドライビングシミュレータに乗った状態で、Just Talk技術に触れる安全な環境を作る必要がありました。私たちの経験に基づき、関係者全員の安全を確保しながら、対面調査を実施するためのベストプラクティスを開発しました。
1. リモートからの実行
パンデミックの前から、誰もが 「このミーティングはメールで済ませることができたのではないか」 と感じることがあったはずです。現在のユーザ調査では、リモートからは使用できない特別なハードウェアや技術、またはエクスペリエンスが含まれる場合は対面調査を検討しますが、ユーザの意見や一般的なフィードバックの収集が目的であれば、リモートで実行するオンライン調査の方が、効率性が向上する可能性があります。
2. 対面調査により多くの時間を確保
昨今のユーザ調査では、より多くの時間を確保することが重要です。パンデミック以前は、約30人の参加者を対象にした研究の実施は、3〜4日(8〜10人/日)かかっていました 。現在では、調査前後の清掃・消毒作業に必要な時間を考慮に入れた適切な人数は、1日に2人の参加者であることがわかりました。つまり、同じ調査に3週間かかることになります。
3. 対面調査を実施するための環境設計
以前設計していた調査とは違い、ファシリテータは常に調査参加者と同じ部屋にいることはできません。参加者は自分の部屋にいて、ファシリテータは別の部屋から観察します。これは、ビデオ接続、またはここではマジックミラーを介して行うことができます。いずれにしても、ファシリテータの部屋と参加者の部屋との間の音声接続は、コミュニケーションに不可欠です。また、技術的な問題にも備える必要があります。プロトタイプに障害が発生し、何かを再起動する必要がある場合は、リモートから再起動できるように計画します。何かがブレーキをかけて、ボタンを押す必要がある場合は、参加者に押してもらうようにします。参加者には状況を十分に理解いただいた上で、調査に協力いただいています。
4. 継続的な検査と感染症対策に関する法規制の把握
ニューノーマルに適応するには、現在の安全対策を常に把握し、それに応じてプロトコルを適応させる必要があります。例えば、最近ドイツでは、新型コロナウイルス感染症の簡易検査が市販されるようになりました。これに伴い、今後の対面調査では、参加者とファシリテータの両方に対して陰性の簡易検査結果が必要になります。また、法規制は頻繁に変更される可能性があるため、最新の法規制に対応することも重要です。
パンデミックによってユーザ調査を行う作業は難しくなりましたが、調査の計画と実施において慎重かつ入念で合理的であれば、ユーザと直接対面しながら製品のUXとユーザビリティを改善するという、私たちが目指すことを継続して実行することができます。
参考文献
[1]UserTesting.com CX Industry Report
[2]Boll, S., Ihmels, T., Lunte, T., & Muller, H. (2020). Making, Together, Alone: Experiences from Teaching a Hardware-Oriented Course Remotely. IEEE Annals of the History of Computing, 19(04), 35-41.
著者プロフィール
マーカス・ファンク(Markus Funk)Cerence
シニアUXプロジェクトマネージャー
Cerenceの前身であるニュアンス・コミュニケーションズ・オートモーティブを含むおよそ10年間、UXの研究に従事