自動車は燃費向上、安全・安心機能の強化などを背景にエレクトロニクス(電気/電子、E/E)化が進んでいる。それは乗員が過ごす車室内も同様で、ハンドルを握って運転する中で、より多くの外部からの情報を安全に処理するユーザーインタフェース(UI)の実現などが進められるようになってきた。

代表的な例は音声入力だが、そうした自動車向け音声入力ソリューション大手Cerenceは、音声のみにこだわることなく、将来の自動車における乗員のユーザー体験(UC)の向上に向けたソリューションの研究開発を進めている。

未来の自動車UIの探索を進めるCerence DRIVE Lab

その中心的な役割を担うのが、「Cerence DRIVE Lab」だという。主に自動車の車室内におけるUXの向上に向けたリサーチやイノベーション創出を手掛ける研究チームで、自動車(OEM)メーカーと数年先の実現にむけた共同研究なども進めているという。

  • Cerence DRIVE Lab

    Cerence DRIVE Labの概要

「これまでの自動車業界における車両インフォテイメントシステムは、OEMやティア1が各コンポーネントの開発を行い、最終的にそれを統合するという手法がとられてきた。しかし、Cerenceとしては、異なる技術を単につなぎ合わせるだけでは、ユーザーが求める体験を実現できるとは限らないという視点から研究を進めている」と、自社の研究スタンスについてCerence Drice Lab所長で、Cerenceのユーザーエクスペリエンス部門シニアマネージャーでもあるアダム・エンフィールド氏は説明する。

  • DRIVE Lab

    Cerenceのユーザーエクスペリエンス部門シニアマネージャーでCerence Drice Lab所長も務めるアダム・エンフィールド氏

「CerenceはNuanceの時代から音声アシスト技術に強みを持ってきたが、それだけに固執すると、ほかの技術を組み合わせたときのUXとして最適なものにならないということを踏まえ、音声のみならず、これまで手掛けてこなかった技術も含めてリサーチを行っている」(同)とのことで、将来の自動車に向け、単にユーザーが求めていることだけではなく、実はユーザーがこういったものを欲しがっているのではないか、といった潜在的なニーズの部分まで踏み込んだリサーチを進めているという。

  • DRIVE Lab

    リサーチとデザインが主なDRIVE Labの活動領域

具体的には、「例えば人間と機械のコミュニケーションを調査したところ、機械との会話であっても、チームメイトのようにやり取りができるレベルであれば上手くいき、機械に対する信頼性も向上することが見えてきた。これをUXとして、具体的にどうやって実現していくか、というワーフフローを考える中で、Cerence DRIVE LabとしてはUXのリサーチやデザイン部分を中心に、ペルソナの構築やデータ分析などの面から携わることとなる」とのことで、現在、デザインチームは米国とカナダ、テスト・評価チームは米国、ドイツ、カナダのそれぞれ拠点を有し、パートナーと一緒になって活動を進めているとする。

  • DRIVE Lab

    音声入力ソリューション構築に向けたワークフロー。DRIVE Labは主にリサーチ段階からインタフェースデザイン領域あたりまでを中心に関与する

自動車を中心に据えたUXの向上を目指す

では、実際にどのような成果が現在までに出てきたかというと、例えばCES 2020向けにコンセプトデモカー「e-GO」を手掛けたほか、現在進めている、もしくは完了したプロジェクトとしては、音声アシスト機能を活用する際に必要なWake-up-Word(WoW。いわゆるOK GoogleやAlexa、Hey Siriなど)を用いずに自然の会話の中で単に話しかけるだけで音声アシスト機能をONにする「Just Talk」や、何かの音声入力に対し、返答を遅すぎず早すぎず最適なタイミングで返答をすることで、ユーザーのストレス軽減を可能とする「Project Delayed」、視線トラッキングと音声入力を組み合わせ、ドライバーが見た店舗の情報などを伝える「Notifications」、そしてその情報をドライバー前面のウインドウなどに表示する「Smart Windshields」などが挙げられるという。

  • DRIVE Lab
  • DRIVE Lab
  • DRIVE Labが関与したCerenceの製品群および最近のリサーチプロジェクトの概要

また、現在、計画を進めているリサーチとしては、車室内での音声アシスト機能をカーディーラーなど、自動車の周辺に広げることを目指す「Car Life」などがあるという。これは、音声アシストサービスを自動車の購入前の時点から提供しようというもので、「従来であれば、プレゼンスのなかったディーラーでのやり取りなども可能となり、ビジネス領域が広がる可能性がある」としている。

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    DRIVE Labが現在計画をしているリサーチプロジェクトの概要

ただ、あくまでCar Lifeは自動車に搭載されている音声アシストが、その周辺に対応範囲を拡大させるといったスタンスとなる。というのも、実は同社、分社化前から、こうした音声アシストが生活のすべてのシーンをサポートすることを目指した取り組みを進めてきた。「Nuance Dragon Drive」と題された動画がまだ同社の公式Youtube上で閲覧可能だが、そちらでは家の中でも、自動車の中でも、自動車と家の中の家電を接続したりといったこともサポートする未来を見せていたが、NuanceとCerenceで分社化された結果、そうしたすべてを内包する音声アシストではなく、あくまで自動車を中心として、自動車での音声アシストをより使いやすくするための取り組みへとシフトしていくこととなったという。

Nuance Dragon Drive。Nuance時代の2017年に公開されたもの。当時はまだあらゆる分野に向けて音声インタフェースの提供を目指していたので、家でも自動車でも出先でも、といったソリューションの提案を行っていたが、自動車ビジネスにフォーカスしたCerenceとしては、ここまで広い範囲に向けたビジネスは行わず、あくまで自動車の車室内を中心に、カーディーラーなど、その周辺領域までをカバーする程度となる

そのため、音声アシストが自動運転やシェアードサービスにおいてどういった役割を担っていくのか、そうしたシーンで実際に利用するにあたっての課題はなにか、といった、より具体的かつ実用的な方向に向けた取り組みが増えてきているようだ。同氏も、「Cerenceとしては、ユーザーが将来、どのようなものを求めていくのかを継続してリサーチしていく。その中身は随時新しいものになっていくが、リッチな体験の提供に向けた活動自体に変化はない」としており、単にこうした機能ができたから使ってもらう、ではなく、ユーザーがストレスを感じずに、自動車に備わっている機能として垣根なしに利用できることにこだわった取り組みを進めていくとしている。

  • DRIVE Lab
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  • DRIVE Lab
  • ドライバーの視線に関する研究の概要。フロントガラスの赤い部分がもっともよくみているところ。フロントガラスに情報を映しても、ドライバーはその奥の道路状況を見る頻度が高いことが確認されたほか、運転に対して視線を妨げる効果という点では、スマホやIVIの方が高いことも確認されたという