中央大学と宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2018年3月16日、人の大腸の動きを模した柔らかい「蠕動運動型ポンプ」を使い、固体ロケットの推進剤を効率よく製造しつつ、搬送することもできる、まったく新しい技術を開発したと発表した。

これまで固体ロケットの推進剤は、製造が難しく、高コスト化の原因にもなっていた。しかしこのポンプを使えば、従来より効率的かつ低コストに製造でき、安全性も高く、さらに能力の向上も見込めるという。

すでに実際に推進剤を製造し、燃焼試験にも成功。今後数年以内に実用化させたいとしている。

  • 中央大学の中村太郎 教授と、JAXAの羽生宏人 准教授

    蠕動運動型ポンプを持つ中央大学の中村太郎(なかむら・たろう)教授(右)と、JAXAの羽生宏人(はぶ・ひろと)准教授(左)

構造は単純、製造は複雑な固体ロケット

ロケットには、液体ロケットと固体ロケットの、大きく2種類がある。その名前のとおり、液体ロケットは液体の推進剤(燃料と酸化剤の総称)を、固体ロケットは固体の推進剤を使っており、ロケットの目的や求められる性能などによって使い分けられている。

液体ロケットのエンジンは、液体推進剤やガスがあちこちを流れるため、配管だらけのいかにも機械という形をしている。いっぽう、固体ロケットは筒の中に推進剤が入った、シンプルな構造をしている。まるでマカロニやちくわのようで、傍目には造るのは簡単に思えるものの、実際には難しいノウハウのかたまりで、手間もかかる。

  • 液体ロケットと固体ロケット

    液体ロケットと固体ロケット (C) 中央大学/JAXA

  • 固体ロケットはイプシロンなどに使われている

    固体ロケットはイプシロンなどに使われている (C) JAXA

現在、多くの固体ロケットが採用している推進剤は「コンポジット推進剤」という。これは、酸化剤となる過塩素酸アンモニウムという粉と、燃料となるアルミニウム粉末、そして燃料兼、それらを結合させるバインダー(結合剤)となる末端水酸基ポリブタジエンという液状ゴムを混ぜて固めることで造られている(製造する各国、各企業などによって、その配分が異なっていたり、他にも材料が含まれていたりと、少しずつ異なる)。

混ぜる作業には、プラネタリー・ミキサーという、ボウルの中で羽根を回転させて攪拌する混合装置が用いられる。プラネタリー・ミキサーは液体と粉体を混ぜ合わせる装置としては一般的で、身近なところではパンの生地をこねる機械としても使われている。そうやってできた推進剤は、人力で搬送し、ロケットの胴体(モーター・ケース)の中に入れ、これを繰り返して必要量まで充填できたところで固め、完成する。

しかし、この造り方にはさまざまな問題を抱えている。

たとえばプラネタリー・ミキサーは、液体に対する粉の量が多いと完全には混ざり合わない。そのため粉の量を少なくするなどし、推進剤としての性能を落とさなければならない。また、ミキサーの羽根部分などに推進剤がこびりついて、その分が無駄になってしまう問題もある。くわえて一度に大量に造れないため、製造と充填を何度も繰り返す必要があり、またその工程の機械化も難しく、人力に頼っている。

こうした問題は最終的に、固体ロケットの高コスト化に結びついていた。

さらに、固体ロケットの信頼性は、原材料の品質から、前述のような製造工程に至る過程を、厳密に管理することで確保されており、機械や手順の変更や改良は、そのまま信頼性に影響することから、事実上困難だった。また、推進剤を混ぜ合わせる行程は火薬類製造に相当するため、安全性の確保が必須となることからも、低コスト化のための改良、革新ができない状況にあった。

  • 固体ロケット推進剤の材料

    固体ロケット推進剤の材料 (C) 中央大学/JAXA

  • 現在の固体ロケット推進剤の製造方法

    現在の固体ロケット推進剤の製造方法 (C) 中央大学/JAXA

料理番組がヒントに

共同研究者のひとりであるJAXAの羽生宏人准教授は、長年固体ロケットの研究を続けてきた。有名なところでは「イプシロン」ロケットの開発や、先日打ち上げに成功した世界最小のロケット「SS-520-5」の開発、打ち上げ実験も率いた。

こうした経験から、かねてより「どうにかして固体ロケットをより安く、さらに安全に造ることはできないだろうか」と考え続けていたという。たとえば欧米などでは1970年代から、固体推進剤を連続的に製造する技術が開発されていた。それなりに成果はあったというが、攪拌装置の羽根が回転するときに生じる摩擦などで推進剤が発火する恐れが依然としてあり、安全性確保や低コスト化などの問題の解決には至っていなかった。

そんな折、今から4~5年前、料理番組でビニール袋の中に材料を入れ、揉みほぐしながら混ぜつつ味付けする光景を見て、研究者としての勘から、この仕組みが固体ロケットの製造に使えるのではと気づいたという。

そして揉みほぐすという動きから人工筋肉が使えないかという発想に至り、その分野で有名だった中央大学の中村太郎教授に連絡を取ったという。

  • JAXAの羽生宏人 准教授

    JAXAの羽生宏人(はぶ・ひろと)准教授

  • 中央大学の中村太郎 教授

    中央大学の中村太郎(なかむら・たろう)教授

中村氏と同氏の研究室は長年、バイオロボティクスやソフトロボティクスと呼ばれる分野で研究を続けてきた。バイオロボティクスは、生物や生体の動きをモチーフにしたロボットのことを指す。それを実現する重要な鍵となる、ゴムや空気圧などを使った人工筋肉など、やわらかい機構やロボットのことをソフトロボティクスという。

当時、中村氏らが研究していたテーマのひとつに、「蠕動運動型ポンプ」と呼ばれる、人の大腸の動きを模したポンプがあった。大腸は食べたものを揉みほぐしながら、あるいは液体と固体を分離させながら、その食塊を肛門へと運んでいく。この動きのことを蠕動(ぜんどう)運動という。蠕動運動は、腸の輪走筋という筋肉が収縮と弛緩を繰り返すことで行われている。

中村氏はもともとミミズの動きを研究していたこともあり、その技術を使えば腸のようにものを輸送できるまったく新しいポンプが造れるのではないかと考えた。たとえばパンの生地やセメント、土砂、原油などの高粘度の流体や、固体と液体が混ざりあった流体を搬送することは、従来のポンプでは難しく、たとえばものすごい力をかけて勢いよくと押し出したり、アルキメデス・スクリューで押し出したりといった方法が取られていた。しかし、この蠕動運動を使えば、簡単かつ低コスト、省エネルギーに実現できる可能性がある。

そんな研究をしていた折、羽生氏から固体推進剤の製造と移送にこの技術が使えないかという連絡が来た。固体推進剤はまさに、固体と液体が混ざりあったもので、この腸のようなポンプで扱うのにぴったりだった。そこで中村教授は「『これはすごい』と興味を惹かれ、ものの30秒で『ぜひやりましょう』と返信した」という。

  • 腸の蠕動運動の説明

    腸の蠕動運動の説明 (C) 中央大学/JAXA