宇宙航空研究開発機構(JAXA)は1月17日、イプシロンロケット3号機を内之浦宇宙空間観測所から打ち上げる。同ロケットのフライトは、2016年12月の2号機以来、およそ1年ぶり。今回の3号機では何が変わったのか。先週開催された記者説明会での内容をもとに、まずは3号機の注目ポイントをまとめておこう。

  • イプシロンロケットの井元隆行プロジェクトマネージャ

    イプシロンロケットの井元隆行プロジェクトマネージャ (写真提供:柴田孔明)

PBSと衛星分離機構が新型に

イプシロンロケットは、全段固体燃料の3段式ロケット。全長26.0mの小型ロケットで、第1段にH-IIAロケットの固体ロケットブースタ(SRB-A)を採用しているのが大きな特徴だ。打ち上げ能力は、太陽同期軌道に590kg。今回は、重量570kgの高性能小型レーダー衛星「ASNARO-2」を搭載する。ロケットの製造コストは約40億円。

イプシロンは、2号機での「強化型」開発により、第2段が大型化。打ち上げ能力は初号機(試験機)の450kgから大幅に向上した。3号機は2機目の強化型イプシロンとなるが、イプシロンには3段のみの「基本形態」と、小型液体推進系「ポスト・ブースト・ステージ(PBS)」を追加した「オプション形態」があり、強化型のオプション形態はこれが初めて。今回は、この飛行実証を行う。

  • 強化型イプシロンの開発では、衛星搭載領域の拡大と、打ち上げ能力の向上が行われた

    強化型イプシロンの開発では、衛星搭載領域の拡大と、打ち上げ能力の向上が行われた (C)JAXA

  • こイプシロンロケット3号機はオプション形態

    イプシロンロケット3号機はオプション形態。基本形態の2号機とは、黄色の部分が異なる (C)JAXA

PBSはオプションの第4段として搭載するもので、軌道投入精度を向上することができる。イプシロンは固体ロケットながら高い精度を達成しているが、固体ロケットという特性上、限界はある。しかし最終段に液体エンジンを搭載し、衛星分離まで姿勢と軌道を制御することで、液体ロケット並の投入精度を実現する。

PBSは初号機にも搭載されていたが、3号機では改良した新型を実証する。従来からの変更点は、推進剤タンクの大型化と、ラムライン推進系の削除だ。システムをシンプルにして、信頼性の向上を図った。

  • イプシロンロケット3号機では、新型PBSの実証を行う

    イプシロンロケット3号機では、新型PBSの実証を行う。従来に比べ、シンプルになっている (C)JAXA

旧型PBSでは、直径42cmの推進剤タンクが3個搭載されていたが、新型PBSでは、直径65cmの大型推進剤タンクを新開発。従来のタンクが小さかったのは、初号機の開発期間が短かったため、H-IIAの第2段で使われていたタンクを流用したからだ。タンクを大型化したことで、1個に統合できたほか、推進剤の搭載量も従来の103kgから130kgに増えた。

一方、旧型PBSで採用されていたラムライン推進系は、スピン安定方式の第3段の燃焼中に使用するもの。第3段の回転のタイミングに合わせて噴射し、姿勢を制御することで、軌道の誤差を修正することができた。これを廃止したことで、第3段の燃焼終了時に軌道誤差は増えるものの、それは新型PBSで増えた推進剤でカバーする。

また3号機では、低衝撃型の衛星分離機構を初めて採用する。これは、H-IIAの高度化開発で実証した成果を、イプシロンに適用したもの。従来、衛星分離には火工品(火薬で作動する部品)が使われていたため、衛星が受ける衝撃が大きかった。新型は非火工品のデバイスで拘束を解除するため、衝撃レベルを世界最小水準に抑えることができる。

  • 低衝撃型衛星分離機構を適用

    低衝撃型衛星分離機構を適用。地上試験では、衝撃は500G以下という良い結果だった (C)JAXA

イプシロン初の太陽同期軌道へ

そしてもう1つ注目したいのは搭載する衛星だ。初号機は惑星分光観測衛星「ひさき」(SPRINT-A)、2号機はジオスペース探査衛星「あらせ」(ERG)と、過去2回はいずれもJAXA自身の科学衛星の打ち上げだった。3号機では初めて、NECからの受託契約により、実用衛星の打ち上げを実施する。

  • 搭載衛星はNECが開発した「ASNARO-2」

    搭載衛星はNECが開発した「ASNARO-2」。同社はこの衛星を使い、宇宙利用サービス事業に参入する (C)JAXA

過去2回がほぼ真東への打ち上げだったのに対し、今回は極軌道の一種である太陽同期軌道への打ち上げとなる。太陽同期軌道は、いつも決まった時刻に上空を通過できるため、地球観測衛星の多くで使われている。ただ内之浦は南方への打ち上げが安全上できないため、一旦東南東へ飛ばしてから、ぐっと南に曲げる必要がある。

  • 初めて太陽同期軌道へ打ち上げる

    初めて太陽同期軌道へ打ち上げる。成功すれば、地球観測衛星への大きなアピールになる (C)JAXA

  • イプシロンの大きな目標は、今後世界中で需要が拡大すると見込まれている小型衛星の打ち上げ市場に食い込んでいくことである。まずはASNARO-2の打ち上げをきっちり成功させて、今後の利用拡大に弾みを付けたいところだ。

    • イプシロン3号機フライトシーケンスCG

    2号機で基本形態、3号機でオプション形態が実証できれば、強化型イプシロンの開発はほぼ完了。初号機から続いてきた大きな開発も、これで一段落となる。そのため、4号機からは、IHIエアロスペース(IA)をプライムコントラクタとして、民間への移管を進める。3号機まではJAXAが取りまとめていたが、4号機からは同社に製造を一元化する。

    実際の製造作業については、これまでもIAに委託されていたが、今後は同社が機器を調達し、製造した機体をJAXAに納入する形になる。イプシロンの現状の大きな課題は、コストがまだ高いことだ。製造を一元化することで、同社が自らの裁量でコストダウンや信頼性向上のための改良をすることが可能になる。

    H-IIAロケットも2007年の13号機から三菱重工業(MHI)へと移管されているが、MHIが射場での打ち上げまで実施しているのに対し、今回のIAは製造のみという違いがある。IAが衛星打ち上げの受注活動をすることもまだできない。しかし今後、H-IIAと同様に、打ち上げも含めて移管するものと見られており、その前段階と言えるだろう。

    • イプシロン3号機の外観は従来とほぼ同じだが、衛星側のロゴと、公募の応援メッセージが貼られている

      イプシロン3号機の外観は従来とほぼ同じだが、衛星側のロゴと、公募の応援メッセージが貼られている (C)JAXA