京都大学は、3〜6歳の子どもを調査し、行動や思考を制御する能力とその能力に深く関わる外側前頭前野の活動に、COMT(カテコール-O-メチルトランスフェラーゼ)遺伝子が影響を与えること、その時期が5~6歳以降であることを明らかにしたと発表した。

  • 同研究で行われた認知的柔軟性課題とその結果

    (左)認知的柔軟性課題 (中)遺伝子の働きが子どもの認知的柔軟性に与える影響。Val型の5~6歳児はMet型に比べて成績が良い (右)遺伝子の違いによって外側前頭前野の活動が異なる。Val型の活動が強いことがわかる。

同研究は、京都大学教育学研究科の森口佑介 准教授、国立教育政策研究所の篠原郁子 主任研究官らの研究グループによるもので、同研究成果は、1月5日に「Developmental Science」誌に掲載された。

行動や思考を制御する能力「実行機能」は、自分の欲求を我慢したり、頭を切り替えたりするなど、人間の自制心の基盤となる能力である。近年、幼児期の実行機能や自制心の個人差が、児童期の学力や友人関係、成人期の経済状態や健康状態を予測することが示されているが、その個人差がいかに生じるかは未だ明らかではない。

そこで、同研究グループはCOMT遺伝子に着目。COMTは、神経伝達物質ドーパミンの働きを不活性化する酵素で、成人を対象にした研究から、Val/Val型の場合、外側前頭前野におけるCOMTの活動が強く、結果としてドーパミンが伝達されにくいこと、Met型の場合はCOMTの活動が弱く、ドーパミンが伝達されやすいことが知られている。従来、ドーパミンが伝達されやすいMet型がさまざまな行動に優れると考えられてきましたが、近年の研究から、Val/Val型の場合は、ある情報を持続的に保持する作業記憶は不得手である一方で、頭の切り替えなどの認知的柔軟性に優れることが示されている。

同研究ではまず3〜6歳の子どもの遺伝子多型を解析し、どのタイプにあてはまるかを調べた。さらに、実行機能のひとつである認知的柔軟性の課題を与え、課題中の外側前頭前野の活動を近赤外分光法(近赤外光により、脳活動の変化を血中の酸化・脱酸化ヘモグロビンの変化量として計測する手法)によって計測した。その結果、3~4歳児では遺伝子多型の影響はなかったのに対し、5~6歳ではVal/Val型を持つ子どもがMet型を持つ子どもよりも認知的柔軟性のスコアが高く、また、強く外側前頭前野を活動させていたという。このことは遺伝子の働きが、幼児期後期になると実行機能に影響すること、その神経基盤は外側前頭前野であることを示している。

同研究結果では、Val/Val型の子どもは認知的柔軟性に優れることが示されたが、他の側面においても優れるわけではなく、頭の切り替えが得意であるということは、裏返せば何かに集中することは苦手である可能性があるという。事実、成人の研究などから、Val/Val型の大人よりも、Met型の大人のほうが、作業記憶が得意であることが示されている。今後は、子どもの遺伝的資質に応じて異なった子育てや発達支援をすることが有効であるかという点の研究が重要になり、さらに、ひとつの遺伝子だけが子どもの行動や脳の働きに影響を与えるわけではないので、他の候補遺伝子の影響も調べる必要があるという。これらのことを検討した上で、子どもの実行機能の発達をいかに支援していくかを考える必要があるということだ。