もう1つの成果 - GPSとイリジウム衛星を活用した運用

EGGは大気圏再突入の実証衛星だが、もう1つ、運用面での面白い取り組みがなされている点も特徴となる。というのも、通常、衛星と地上のやりとりは巨大なアンテナを有した地上局を活用する必要があり、持っていない場合は、自前で設備を建設するか、時間貸しなどの形で既設の地上局を借りる必要があるが、それではせっかく超小型衛星を通常の衛星よりも安く開発しても、運用コストが下がらない、ということとなってしまっていた。そこで、今回は、イリジウム衛星を運用するイリジウムコミュニケーションズが提供する小容量パケットデータサービス「ショートバーストデータ(SBD)」を使った運用方法(要は衛星と地上の間で、添付メールの形でさまざまなデータの受信やコマンドの送信を実施する方法)を考案。実際に運用可能などうか、運用体制の構築まで含めた実証が実施された。

機体の上下にイリジウム通信アンテナ(黒い円形状)とGPSアンテナを装備。イリジウム通信アンテナはモジュール含めて市販のもので、通信モジュールサイズは4cm×6cmと小型である

イリジウム衛星ネットワークは高度780kmに構築されており、EGGの飛行高度よりも低い。ただし、イリジウム社は高度200km以下での通信は保証しているが、それよりも上空での通信は保証しておらず、実際に通信できるかどうかも含めて今回の研究が行われた形となる。研究グループでは当初、400km付近の高度では、イリジウム衛星とEGGの通信範囲が重なったあたりで通信が可能になると想定。実際、高度が300kmよりも上空の場合、1分間に1回、地上との通信を試みていたが、通信間隔がばらついていたことが確認されたという。また、地上局も手探りの状況で構築が同時並行的に進められていたようで、EGG放出当初は付きっきりでの監視が続いたが、徐々にシステムの構築が進み、最終的に東大と岡山大学に設置された2台のサーバでメールを受信。受信したメールは、データを読み取る、もしくはコマンドを送信できるアプリを搭載したPCでアクセスすることでやり取りをしていたほか、複数の大学の研究者から、データを見たいという要望を受け、岡山大のサーバ上にWebサイトを構築し、Webブラウザ上でデータを見れるシステムが構築され、Eメールのほか、Skypeチャットなどを活用したデータ共有や合議による運用などが可能な体制が構築されたとする。

「イリジウムSBD通信の活用により、EGGが衛星ではなく、インターネットに接続された端末となった。これにより、誰でもアクセスできるようになり、これまでの概念にないような運用方法が構築された」(JAXA 山田 准教授)とするほか、このシステムの改善も継続的に進められ、その結果として、スムーズな運用ができたとしている。

通信状況としても、高度が高い場所では1日10回程度の通信であったのが、高度が徐々に下がっていくと、通信頻度も増加されることを確認。高度200km程度では、1日あたり1000回のデータのやり取りができることも確認。ちなみに、1通のデータをやりとりする費用は50円で、やり取りした総費用は40万円程度と(別途、月額1万円ほどの月額使用料は発生)、地上局を運用するコストを考えると、長期的な視点ではメリットが大きくなることが示された(ただし、鈴木教授によると、イリジウム衛星による運用を実用的なものにするのであれば、適切な飛行高度を選ぶ必要がある、としている)。「約120日間の間、通信が可能であったことが確認され、少なくともイリジウム衛星の下の低軌道であれば、いつでも通信は可能であると言える結果を得られたと思う」(山田 准教授)とのことで、今後は、今回得られたデータの解析を進め、イリジウム通信が可能な範囲の解明なども進めたいという。

イリジウムSBD通信の通信頻度と運用システムの概要。EGGとメールでやり取りする今回の手法は、今後の低軌道での衛星運用では、ひろく活用される可能性がある

エアロシェルを活用した大気圏再突入により、人間や物資を燃え尽きさせずに地球に降下させることが今回の実証実験からは示されたこととなったが、そうなると、気になるのは今後の研究の方向性である。それについて、鈴木教授は3つの将来展望を語っている。1つ目は「宇宙から帰還できる小型衛星」の開発。2つ目は「超小型衛星を活用した火星の地表探査」。そして3つ目が「超小型衛星群を使った火星の上空からの探査」である。

研究グループが見据える将来の技術活用の方向性。地球への帰還の場合、エアロシェルがパラシュートの役割も担うため、追加の装備は必要がない点も特徴となる。また、超小型衛星を活用した火星探査の場合、地球と通信をする母衛星が別途必要ではあるものの、これまで国家レベルの研究機関しかできなかった惑星探査が、大学レベルであっても、できる可能性を示すものとなる。とはいえ、それを実現するための課題はまだまだあるため、まずは地球への帰還が可能な技術という方向性での進歩が現実的となる

とはいえ、いきなり、こういった研究が可能になるわけではなく、最初は、「今回のEGGでの限界も分かった。特に自然落下は実用的ではない」(鈴木教授)とのことで、3Uの機体に超小型スラスタなどを搭載し、飛行制御に挑もうという実験の提案を提出しよう、という段階にあるという。「今回、超小型衛星が研究用途には非常に有用であることが示された。超小型衛星の大気圏再突入技術の研究は、世界中で切磋琢磨している状況であり、ここまで来てやめておこう、ではいけないと思っていて、より使いやすいシステムの実現に向けて前進していなかいといけない」と今後の研究に意欲を見せており、近い将来、日本の誇る素材技術を使った、新たな大気圏再突入技術が超小型衛星の地球帰還における標準となる日が来るかもしれない。