北海道のヒグマの食性が明治時代以降の開発に伴って、肉食傾向から草食傾向へと急速に変化したことを、京都大学理学研究科の大学院生の松林順(まつばやし じゅん)さんらが突き止めた。ヒグマの骨の安定同位体を用いた食性解析による成果で、ヒグマの生態や北海道の環境変化を探る新しい手がかりとして注目される。北海道大学農学研究院の森本淳子(もりもと じゅんこ)准教授、総合地球環境学研究所の陀安一郎(たやす いちろう)教授らとの共同研究で、3月17日付の英オンライン科学誌サイエンティフィックリポーツに発表した。

写真. 知床でサケを食べるヒグマ(知床財団の野別貴博さん提供)

ヒグマは北半球の広範囲に分布する大型の雑食動物。地域や季節ごとに利用しやすいものを食べ、環境の変化にあわせて食性を柔軟に変える特徴がある。これまでの研究から、北海道のヒグマはフキやセリ科などの草、ヤマブドウ・サルナシの果実といった植物中心の食性であることがわかっている。ヒグマの食べ物はサケという印象が強いが、サケが豊富にいる知床のヒグマでさえ、サケを食べている割合はごく少なかった。北海道ではエゾシカやサケが分布しているのに、ヒグマはなぜ草食なのか、疑問だった。

図1. 各地域・時代のヒグマの陸上動物類とサケの利用割合の推定値。時代区分のうち、1は開発の影響がほとんどない時代(道東では1920年以前、道南では1890年以前)、2は開発が進んだ1931~42年、3は1996年以降。(提供:京都大学大学院生の松林順さん)

図2. 動物質食物利用の指標となる、窒素同位体比値の時間変化。幕末から明治時代の始まりの1860年前後を境に動物食利用が減少し始めたことがわかる。(提供:京都大学大学院生の松林順さん)

動物の骨に残された炭素、窒素、硫黄の3元素の安定同位体比から、その動物が生きていた間に何を食べていたか、という食性の復元ができる。研究グループは、博物館などに収集されて保管されていたヒグマ337体の骨の安定同位体を測定し、ヒグマの食性を解析した。縄文時代の遺跡から出土したヒグマの骨も含めて約2000年間の北海道のヒグマの食性を道東と道南に分けて測定し、歴史的な食性の変化をたどった。

その結果、江戸時代までの北海道のヒグマは、現代に比べてシカやサケといった動物質を多く利用する肉食傾向が強かったことがわかった。しかし、この200年間で北海道のヒグマは草食傾向に大きく変わった。道東では、サケの利用割合が開発本格化前の19%から、1996年以降は8%にまで減り、陸上動物(エゾシカや昆虫)の利用が64%から8%にまで激減していた。また、道南でも陸上動物の利用割合が56%から5%まで減少していた。この肉食から草食への転換は、北海道で開発が本格化した明治時代以降急速に生じたことを確認した。

松林順さんは「陸上哺乳類でこのような大規模な食性の変化はこれまで報告されていない。北海道では開発の影響により、ヒグマの食性が激変した可能性がある。例えば、エゾシカを捕獲するエゾオオカミの絶滅は、ヒグマがエゾシカを捕食する機会を減らしたと考えられる。サケ漁業の活発化も、ヒグマのサケ捕食の減少につながっただろう。ヒグマのような雑食動物の食性は人為的な環境変化の影響を見る指標として重要なことを初めて示せた。この変化がヒグマ以外の動植物、生態系全体に与えた影響の解明が今後の課題だ」と話している。