東京大学は1月13日、生きたマウスの生殖細胞内で蛍光タンパク質を発現させることにより染色体の運動を可視化することに成功し、この運動を制御する新規テロメア結合タンパク質「TERB1」を発見したと発表した。

成果は、東大 分子細胞生物学研究所の渡邊嘉典 教授、東大大学院 農学生命科学研究科博士課程3年の澁谷大輝氏らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、1月12日付けで「Nature Cell Biology」オンライン版に掲載された。

多くの生物と同様にヒトにおいても、両親の染色体が半分ずつ受け継がれることにより、両親の遺伝情報が子供へと伝わる。染色体の数は、ヒトなら23組46本が存在するが、精子や卵子などを作る生殖細胞では「減数分裂」により半分の23本に分配される仕組みだ。この減数分裂に異変が生じると、ダウン症や不妊などにつながると考えられているのである(ダウン症は21番染色体を1本余分に受け継ぐことにより生じる)。

減数分裂で染色体が正確に分配されるためには、それに先立つ染色体の対合・組み換えが正しく行われることが重要だ。通常、体細胞(生殖細胞以外の細胞のこと)における染色体の運動は、染色体中央部の「セントロメア」と呼ばれる部位を起点として起きることが知られている。これに対して酵母を使った先行研究では、減数分裂の染色体の対合・組み換えの過程では染色体の末端部位である「テロメア」を起点とした染色体の運動が重要な働きを持つことが示唆されていた。

しかしヒトなどの哺乳動物では、減数分裂の制御機構そのものがほとんどわかっていないのが現状である。その理由としては、酵母は透明なため細胞内を見ることができるが、哺乳動物の生殖細胞は不透明で中を見られないため、その解析手段が限られており、またその結果、減数分裂に関わる因子の発見が困難であることに起因していた。

そこで研究チームは今回、「電気穿孔法」によって生体マウスの生殖細胞内へ一過的に外来遺伝子を導入する方法を確立。生きたマウスの生殖細胞内で蛍光タンパク質を発現させることにより、染色体の運動を可視化することに成功し、その結果として減数分裂を制御する因子も発見したというわけだ。

さらに、今回の研究で確立した方法を用いることで、マウスの生殖細胞でも染色体のテロメアを起点とした染色体運動が起きていることが明らかになった。さらに、この生体観察技術を応用した結果、テロメアを起点とした染色体運動を直接制御するタンパク質TERB1が発見されたというわけである。

分子レベルの詳しい解析から、TERB1は生殖細胞特有に染色体のテロメアに結合して、テロメアを核膜につなげ、さらにそこに「モータタンパク質」を呼び込み、テロメアを起点とした染色体運動を作り出していることが明らかになった(画像1)。

そのほかにも、TERB1遺伝子を欠損したマウスを作製して、その生殖細胞の振る舞いが観察された結果、この遺伝子欠損マウスでは、減数分裂に先立つテロメア主導の染色体の運動がほぼ完全に抑えられ、染色体の対合・組み換えが著しく阻害されていることが判明したのである。

つまり、哺乳動物の生殖細胞においても、テロメアが先導する染色体の運動が染色体の対合の相手を見つけるために重要な役割を持っていることが明らかになったというわけだ。さらにこの遺伝子欠損マウスでは、減数分裂が異常停止することで、卵子および精子の産生がまったく見られず、不妊の症状を示したのである。

今回の研究で発見されたTERB1タンパク質はヒトにも見つかっており、ヒトの不妊、あるいは前述したダウン症といった減数分裂の異変に起因する先天性疾患の原因の解明に大いに役立つ可能性があるという。また研究チームは、今回の研究で確立した生殖細胞内への遺伝子導入法を応用して、不妊症のマウスにTERB1遺伝子を導入することにより、その症状を緩和する実験にも成功。将来的には、ヒト不妊症患者に対する遺伝子治療技術へと発展する可能性も期待されるとしている。

生殖細胞で、タンパク質TERB1に依存して半数対の配偶子が形成される