慶応義塾大学(慶応大)は12月27日、無性生殖や有性生殖を環境に応じて使い分ける扁形動物プラナリアを用い、プラナリアの誕生時の生殖様式(無性か有性か)が細胞の寿命を規定することを示すことに成功したと発表した。
同成果は、同大理工学部生命情報学科の松本緑 准教授、同大学院大学院理工学研究科博士課程の田坂健太氏(論文作成時)、同大理工学部化学科 学士課程の横山尚毅氏(論文作成時)、同大学院理工学研究科基礎理工学専攻 博士課程の野殿英恵氏(論文作成時)、元同大理工学部の星元紀 教授(現 放送大学客員教授、現 慶応大自然科学研究教育センター訪問教授)らによるもので、詳細は欧州科学誌「International Journal of Developmental Biology」に掲載された。
約35億年前に地球に最初に出現した生命体は、分裂と再生を繰り返し増殖する原核生物といわれるバクテリアの仲間であったと言われており、そこから約15億年の後に、2つの生命体が交配し増殖する真核生物が出現し、現在に至っていると考えられている。
原核生物のゲノムは環状であり、ゲノムをコピーして均一な子孫を作る無性生殖を行う。一方、真核生物のゲノムは線状で、受精と減数分裂というシステムを獲得し、異個体のゲノムを混合して新たな子孫を生み出す有性生殖を行っている。無性生殖は、均一な子孫をつくり続けることから、個体(ゲノム)が継続し、永遠の命を獲得するが、有性生殖では、新たな子孫をつくり出すことにより、環境の変化などに適応可能な生物多様性を産生することに成功した。
生物は、有性生殖の獲得とともに寿命も獲得したと考えられるが、その真核生物の細胞の寿命は、細胞分裂の際のゲノムの複製過程に伴い、線状の染色体の末端に存在するテロメアが、短縮化すること(染色体の末端複製問題)により、染色体を維持することができず、死に至ると考えられている。
現在地球上に生息する真核生物は、有性生殖のみを行うものが主流だが、無性生殖のみを行うもの、両生殖様式を使い分けるものも動物種には広く存在することが知られている。その代表例である扁形動物プラナリアは、驚異的な再生能力をもち、自切と再生により増殖することで有名だが、そのような無性生殖を行うもののみならず、有性生殖を行うもの、無性生殖と有性生殖を環境により転換するものが同一種内で存在している。
今回の研究では「リュウキュウナミウズムシ(Dugesia ryukyuensis)」が用いられたが、同生物は、自然界で無性生殖のみを行う系統(innate asexual:AS)と有性生殖のみを行う系統 (innate Sexual:InS)、そして両者を季節により転換する系統が存在しているほか、実験的にASにInSを餌として与えることで、InSと同様に生殖器官を形成し、有性生殖を行うことができる形態に転換すること(Acquired sexual:AqS)ができることが知られている。また、近年の研究では、地中海産のプラナリア(Schmidtea mediterranea)のテロメア長は無性生殖個体では短縮化せず、有性生殖個体では短縮化が起こることなども明らかにされてきている。
今回の研究では、AS系統とInS系統のテロメア長を誕生直後の個体と、切断と再生を繰り返した後の個体とで比較を実施した。この結果、AS系統では誕生直後も2年後も両者のテロメア長に違いはなかったものの、InS系統では、切断と再生を繰り返すことで、その回数に依存してテロメア長が短縮化していることが確認されたほか、InSと同様に有性生殖を行うAqS系統は、テロメアの短縮化が起こらなかったことが確認された。
研究グループでは、この結果について、テロメア長の短縮化は、個体が無性生殖を行っている状態か、それとも、有性生殖を行っている状態かではなく、生まれたときの生殖様式の状態が無性生殖であったか有性生殖であったかによって誕生時に決定していることを示すもので、これにより、生物が進化の過程で獲得した有性生殖と寿命の関係という生命の謎の1つが解明されたこととなったと説明している。