東京大学、日本大学、TSLソリューションズ、科学技術振興機構(JST)の4者は7月19日、「走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)」を用いて、水溶液中に存在する直径40nmの金コロイド粒子の「ブラウン運動」をピコメートル精度で60ミリ秒の高速性で2秒間、動画として観察することに成功したと共同で発表した。

成果は、東大大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻の佐々木裕次教授、日大 文理学部 物理学科の石川晃教授、同・小川直樹助教(現:東京農工大学 工学府所属)らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、7月19日付けで英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

先端計測技術開発において、機能性1分子(粒子)の分子内構造変化をÅ(オングストローム)以下の精度でマイクロ秒よりも高速計測できる「1分子(粒子)計測法」の開発が注目されている。1980年代に考案された可視光を用いた1分子計測法は、回折限界を超えたナノメートル(nm)レベルの位置決定精度を実現した。しかし、それ以上の精度向上は可視光では困難であることも判明したことから佐々木教授は以前、計測する波長自身を短波長に持っていく方法を考案していた。この考案に基づいて開発された「X線1分子追跡法(Diffracted X-ray Tracking:DXT)」は、分子に標識したナノ結晶からのX線回折斑点の動きを連続的にトレースする方法で、現在、ピコメートルの位置決定精度でマイクロ秒の高速性を実現し、世界最高精度最高速度1分子計測法へ発展している。

しかし、DXT最大の欠点は、X線プローブ源として大型放射光施設を利用することだ。そこで今回の研究では、X線よりも試料との相互作用の大きい電子線を用いて、実験室規模で常時高精度1分子計測できる汎用性の高い1分子(粒子)運動追跡装置の開発が目標とされた。

加えて現状のDXTでは、X線ビームを原子サイズにできないため、放射線照射による試料ダメージが問題点となっていたが、Åサイズの電子ビームを用いることでこのダメージの問題を解決できるようになったのである。

今回開発された装置では、「電子後方散乱回折(Electron Back-Scattered Diffraction:EBSD)」装置を装備したSEMを用い、生体分子に標識したナノ結晶の結晶方位の変化を、原理的に生体分子へのダメージを与えることなく高速時分割計測することが可能だ。今回の装置では、「電子線1分子追跡法(DET)」(画像1)の原理検討として、金コロイド粒子の動的挙動が計測対象とされた(画像2)。

画像1。DET装置の概念図。DXTをコンパクト化したのがDETだ

画像2。観察されたEBSD画像の例。連続測定で動画として取得された

DETの基本装置構成は、溶液中の試料を観察できるSEM用の「環境試料室(Wet Cell)」を薄膜カーボン製の隔膜を用いて、生体分子に標識したナノ結晶の結晶方位の変化をEBSDパターンで高速時分割計測できるコンパクトなラボサイズの高精度電子線1分子(粒子)追跡法だ。

また測定により、DETはDXTと異なり、市販の金コロイドを標識体として使用できることが新たに判明した。DXTは非常に良質なナノ結晶を必要とし、その作製に関する研究に多くの時間が費やされる。一方で、DETでは良質な結晶でなく、市販されている直径数10nmの金コロイド粒子の方位をEBSDが敏感かつ高精度に検出することが可能だ。

これまで分子生物学は分子を点として扱ってきた。一方で、構造生物学は分子をある一定の構造体として定義して扱っている。しかし、本当の生体分子の構造は、揺らぎの中で常に変形しているため、その現象を細胞内で高速かつ高精度に計測できる方法論を確立することが期待されていた。また、ラボサイズで多くの研究者が手軽に使えるような装置で、その方法論が実現されることも望まれてもいたのである。

今回の研究では、電子顕微鏡を用いて水中で1分子(粒子)の運動計測を高精度で実現できる新規な方法論が提案された形だ。今後は、電子顕微鏡を用いた動画計測が本格的に利用されるようになることが予想されるという。研究チームも、タンパク質分子に金コロイドを標識して、間接的にタンパク質分子の動的挙動の計測を試みているとした。