生理学研究所(NIPS)は、通常の電子顕微鏡とは異なり、標本を染色などすることなく、凍らしただけで、タンパク質や微生物の中まで明瞭に観察することができる最先端の電子顕微鏡「位相差クライオ電子顕微鏡」を用いて、ヒトの酵素タンパク質「ダイサー」と小分子RNA(リボ核酸)が、どのように結合し複合体を作り機能しているのかを明らかにすることに成功したと発表した。

同成果はNIPSの永山國昭教授、米国エール大学の重松秀樹 研究員、カルフォルニア大学バークレー校、中国精華大学などの国際研究グループによるもの。詳細はNatureの姉妹誌「Nature Structural and Molecular Biology」に掲載された。

今回、研究グループは、位相差クライオ電子顕微鏡を用いて、細胞内の酵素タンパク質ダイサーと、RNAの結合の様子を高いコントラストで観察することに成功した。

位相差クライオ電子顕微鏡の仕組み。特殊な染色をせず、ただ凍らしただけの標本を用いることで、タンパク質や微生物の本来の姿を観察することができる。位相差クライオ電子顕微鏡法では、電子の波が、透明なサンプルを通過するときに生じる目に見えない波の位相の変化を、位相板によって目に見える波の振幅の変化に変換することで、透明なサンプルを可視化することができる

ダイサーは、細胞の細胞質で働く酵素タンパク質の1つで、遺伝情報の発現を抑制させる小分子RNAを生み出す働きを有している。小分子RNAは、 長さ20から25塩基ほどの短いRNAであり、他の遺伝子の発現を調節する機能を持っており、実際に遺伝子の発現を調節する時には、小分子RNAの前駆体にダイサーが結合し、小分子RNAが作り出される。

位相差クライオ電子顕微鏡で観察したダイサー分子。通常の電子顕微鏡画像にくらべて、位相差クライオ電子顕微鏡では、より高いコントラストでダイサーのような小さな分子をよりくっきりと観察することができる

これまで小分子RNAが作られる際には、ダイサーがどのようにRNAと結合して複合体を作っているのかは直接明らかになっていなかったが、今回、位相差クライオ電子顕微鏡の高いコントラスト性能を活用することで、主要な構造を選別して構造解析を行うことが可能になったという。

ダイサーと小分子RNAの結合の様子。今回の研究から明らかになったダイサーのタンパク質構造と小分子RNAとの結合の様子。(a)ダイサーのタンパク質構造。(b)ダイサーとsiRNA(small interfering RNA)と呼ばれる小分子RNA前駆体の結合の様子。(c)ダイサーとマイクロRNAと呼ばれる小分子RNA前駆体との結合の様子。この前駆体が分解されて小分子RNAが出来る

そのため、研究グループでは、 現在、人工的な小分子RNAを作り、特定の遺伝子情報の発現を抑えるRNA干渉技術が、新たな創薬として注目されており、今回の技術を応用することで、RNA創薬における効果的な分子設計に対する理解が深まることが期待されるとコメントしている。