京都大学 iPS細胞研究所(CiRA)、長崎大学、科学技術振興機構(JST)の3者は2月22日、アルツハイマー病の患者ごとに存在する複数の病態を明らかにして、iPS細胞を用いた先制医療への道筋を示したと共同で発表した。

成果は、CiRA リサーチアシスタント/京大 大学院医学研究科 脳病態生理学講座臨床神経学(神経内科)/JST CRESTの近藤孝之 大学院生、京大 大学院医学研究科 脳病態生理学講座臨床神経学(神経内科)の高橋良輔 教授、CiRA/JST CREST/JST 山中iPS細胞特別プロジェクトの井上治久 准教授、長崎大学 薬学部/JST CRESTの岩田修永 教授、CiRA/JST 山中iPS細胞特別プロジェクトの山中伸弥 教授らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米国東部時間2月21日付けで米国科学誌「Cell Stem Cell」オンライン版に掲載された。

アルツハイマー病は、脳内に「アミロイドβ(Aβ)」が過剰に蓄積することによって引き起こされると考えられているが、病態とどのように関与しているのかについては、ヒトの脳の細胞ではよくわかっていなかった。

研究グループは今回、アルツハイマー病患者などからiPS細胞を作製し病態を再現することを目的に、健常人(コントロール)3名と、「APP-E693Δ変異」もしくは「APP-V717L変異」を持つ若年発症の家族性アルツハイマー病患者2名、さらに家族歴のない高齢発症の孤発性アルツハイマー病患者2名からiPS細胞を作製。

画像1。今回の研究で作製されたiPS細胞の位相差顕微鏡写真

このヒトiPS細胞に対し、開発した神経系細胞(大脳皮質神経細胞やアストロサイト)に分化誘導する技術を用いて、患者の神経系細胞群をin vitro(生体外)で作製したところ、APP-E693Δ変異を持つiPS細胞由来の神経系細胞で、細胞内にAβが数個から十数個集まった凝集物である「Aβオリゴマー」が蓄積し、小胞体ストレスを引き起こしていることが判明したほか、マイクロアレイチップを用いた網羅的な遺伝子発現解析から、酸化ストレスに応答する遺伝子群の発現の増加が確認されたという。

画像2。神経細胞内に蓄積したAβの様子。緑色(または黄色)が蓄積したAβオリゴマー、青が細胞の核、赤が神経細胞を示す。コントロールの神経細胞ではAβオリゴマーは検出されない

また、活性酸素(reactive oxygen species:ROS)の増加も確認されたことから、細胞内Aβオリゴマーを持つアルツハイマー病の神経系細胞内部では細胞内酸化ストレスが引き起こされているが、それに対して細胞が対抗措置を取り、細胞内環境を正常化しようとしていることが考えられたとするほか、そうした細胞内ストレスをAβの合成阻害剤「βセクレターゼ阻害薬(β-secretase inhibitor:BSI)」を用いてAβを取り除いたところ改善されることも確認したという。

さらにAPP-E693Δ変異を持つiPS細胞由来の神経系細胞に対し、3種の化合物(活性酸素の生成阻害剤や小胞体ストレスを軽減する試薬など)を添加し、小胞体ストレスに対する治療効果を調査したところ、低濃度のDHAを添加した時のみ、小胞体ストレスに応答するタンパク質(BiP、Caspase-4)や酸化ストレス(peroxiredoxin-4、活性酸素種)が減少したものの、残り2種の化合物や高濃度DHAでは小胞体ストレスが増強することが示されたほか、低濃度のDHAの添加により、APP-E693Δ変異を持つiPS細胞由来神経細胞の自然細胞死を、改善させることに成功したという。

画像3。iPS細胞から分化誘導した神経細胞の生存解析とDHAによる治療効果。健常人(青色線)ではiPS細胞から分化誘導した神経細胞の自然細胞死は見られなかったが、APP-E693Δ変異を持つ家族性アルツハイマー病(黄色線)では、2週間程度の培養で細胞死が見られた。適切な量のDHAを添加して培養すると、細胞死が改善された

加えて、家族歴のない高齢発症の孤発性アルツハイマー病患者でも同様に解析を進めたところ、1名はAPP-E693Δ変異と同様に細胞内Aβ蓄積や細胞ストレスが見られ、低濃度DHAで細胞ストレスの除去が可能であることが確認されたという。

この結果について研究グループは、DHAによる処置が有効であるアルツハイマー病の集団と有効でない集団が存在する可能性を示すもので、同じに見えるアルツハイマー病であっても、その病態は多様で、その特性に応じた治療戦略の必要性があるとしており、今後、iPS細胞技術をさらに発展させていくことで、従来の均一な疾患概念に対する画一的な治療を超えて、先制的な病態診断に基づき適切な治療を行う「先制医療」の開発につながっていくことが期待されるとコメントしている。