慶應義塾大学(慶応大)は10月18日、ブンチョウが人間のことばの微妙な音声的ニュアンスを聞き分けていることを実験で確かめたと発表した。

同成果は同大文学部の渡辺茂教授、同文学部心理学専攻学生(実験当時)の直井望氏らの研究グループによるもので、音声刺激で国立国語研究所の前川喜久雄 教授、音韻 解析について国際基督教大学の日比谷潤子 学長・教授のアドバイスを受け、詳細は米国科学誌「PLoS ONE」オンライン版に掲載された。

これまでも研究グループではブンチョウなどの鳴禽の高次聴覚情報処理の研究を行ってきており、今回の研究ではブンチョウにプロソディという韻律的特徴が聞き分けられるかについての2つの実験が行われた。

1つ目の実験は刺激は同じ「そうですか」という文について、「賞賛のプロソディで発話されたもの」と「疑念のプロソディで発話されたもの」の2種類を用いる形で行われた。ブンチョウは止まり木が2本ある実験箱で、普段は一方の止まり木に止まっているが、あるプロソディの音声が聞こえた時に止まり木を飛び移れば報酬として餌があたえられ、別のプロソディの時は飛び移っても餌はもらえないという訓練が行われた。

訓練によってブンチョウがプロソディの種類を聞き分けて飛び移るようになった後、訓練に使わなかった「あなたですか」という文を、賞賛と疑念のプロソディで発話したものをそれぞれ聞かせるテストを行ったところ、ブンチョウは新しい文でもプロソディを聞き分けることができることが確認された。また、あるプロソディでの文の前半部分と別のプロソディでの文の後半部分をつなぎ合わせた刺激を聞かせたところ、ブンチョウは前半を使って聞き分けていることが判明した。

上の図は「そうですか!」という賞賛、下の図は「そうですかぁ」という疑念のプロソディ

2つ目の実験としては異なる文、「そうですか」と「あなたですか」が同じプロソディで話されたものの聞き分ける訓練を行ったところ、ブンチョウはこの聞き分けも学習したが、プロソディを変えると区別ができなることが確認された。この結果から同じ文で異なるプロソディのものは別のものとして聞いていることが示された。

言語はヒトを他の動物と隔てる特長の1つであり、実際、ヒトの音声言語は他の動物の音声コミュニケーションと比較にならないほど進化したものである。しかし、複雑な音声コミュニケーションを持つ動物がいないわけではなく、鳴禽の歌もそういったものの1つ。今回の実験ではプロソディの聞き分けが調べられたが、こうした文の内容ではなくプロソディから相手の本当の意図を理解するのは、人間の高度な社会的認知といえるが、結果としてブンチョウも、こうした微妙な韻律的な相違を聞き分けられることが示されたこととなった。研究グループでは、この結果はブンチョウがプロソディから疑念や賞賛を聞き取るという意味ではないが、疑念のプロソディ、賞賛のプロソディをそれぞれ別のカテゴリの聴覚刺激として聞き分けられること、言い換えるとプロソディの聴覚的区別ができることを示したものだとしている。

鳥がスピーカーからの音声に応じて止まり木AからBに飛び移ると餌がトレイに出される

今回の結果を受けて研究グループでは今後、2つの展開が考えられるとしている。1つ目はこのような微妙な韻律的特徴の区別が鳴禽以外の動物でもできるのか、という研究で、鳴禽がこのような高次聴覚認知ができるのは複雑な聴覚コミュニケーション(歌)を持っているからだと考えられることから、複雑な聴覚コミュニケーションを持っている動物だけでプロソディの区別ができるのであれば、この考え方が支持されることになるという。

もう1つは脳内機構の解明で、文そのものの認知とプロソディの認知は脳のどのような場所が処理しているのか、という問題を解明することとなる。人間の脳機能研究では、文の言語的な意味内容は左半球優位に、また文のプロソディの側面は右半球優位に処理されることが知られているが、鳴禽の場合はどうなるのかを調べることで、もし人間と鳴禽でプロソディ認知の脳内機構が異なっているのであれば、それはなにを反映した結果によるのかが問題になってくるわけで、研究グループでは今後もこれらの研究の展開を目指す予定だとしている。