国立遺伝学研究所(遺伝研)は、「セントロメアへ結合するタンパク質複合体」の結晶構造を高精度に解析し、それらがDNAを束ねるタンパク質「ヒストン」によく似た構造を取ることなどを発見したと発表した。研究は遺伝研分子遺伝研究部門の深川竜郎教授および西野達哉助教らの研究グループによるもので、成果は米科学誌「Cell」の2月3日号に掲載された。

生命の維持には、正確な細胞分裂が行われることが必須だ。細胞が分裂する際には、ゲノム情報を担うDNAが染色体という構造を形作り、正しく複製され倍加した上で、それぞれ均等に分配される(画像1)。この分配に異常が生じると、生殖細胞ではダウン症などの先天性遺伝子疾患が、体細胞ではがん化などが引き起こされてしまう。

画像1。細胞分裂と分裂期における染色体の挙動。細胞分裂が正確に行われないと、染色体が誤って分配されがん化などを引き起こす。正常な細胞分裂の分裂期では、細胞の両極から伸びた紡錘糸が染色体のセントロメア領域(中央部分)を捉え、引っ張ることにより均等に分配する

今回、研究グループが解析したタンパク質複合体の結合先であるセントロメアとは、染色体の中央部分に存在する特殊な領域で、細胞分裂時に紡錘糸が結合する領域を指す。同領域に存在するDNAとタンパク質から構成される構造体(動原体)が、染色体分配の際に本質的な役割を担っており、同領域に約100種のタンパク質が集合してゲノムの均等分配が行われる仕組みだ。

近年、「高等生物のセントロメア領域は、DNA配列によらない仕組みで決定される」との報告が相次いでおり、そうした仕組みを「エピジェネティクス」と呼んでいる。子孫に伝えられる遺伝情報の実体であるDNAの一次配列が変化がないにもかかわらず、子孫に何らかの変異が起きる場合があるが、DNAやDNAに結合すタンパク質の後天的な修飾により起こされる現象であることから、ジェネティクス(遺伝学)に対して、エピジェネティクスと呼ばれるというわけだ。近年ではヒトゲノムの解読が完了し、形質発現の調節機構にも研究の中心が移ってきており、エピジェネティクスが注目を集めるようになっている。

そうした観点からこのセントロメア領域も注目されているわけだが、多くのタンパク質がどのように集合するのかについては、謎がいくつも残されていたことから、研究グループは同領域に結合するタンパク質複合体の内の3種を対象に、大型放射光施設「SPring-8」によるX線回折測定を行い、立体構造と機能を解析した。

まず、タンパク質複合体の「CENP-T-W」および「CENP-S-X」に注目し、世界で初めて、その結晶構造を解くことに成功。その結果、CENP-T-WおよびCENP-S-Xがどちらもヒストンと似た構造を取ることが判明した。ヒストンとは、真核生物の染色体を構成する塩基性タンパク質であり、非常に長い分子であるDNAを細胞核内に収納する役割を担う。細胞核の中で、DNAはヒストンと結合した形(巻き付いている)で存在している。

次に、この2種がヒストンと似た特徴を使って「CENP-T-W-S-X」構造を取り、それが種となって正常なセントロメア構築を促進することも明らかした(画像2)。同様にX線回折測定をすると、CENP-T-W-S-Xもヒストン様の構造を取ることがわかったのである。

画像2。CENP-S-XもCENP-T-Wもヒストンに似た構造を取っており、それぞれが一緒になりCENP-T-W-S-X構造を取る。通常のヒストンの周りをDNAが巻くように、CENP-T-W-S-Xの周りも、DNAが巻いたような独自の構造を作り、DNA-CENP-T-W-S-X構造を形成。この構造が、正常なセントロメア構造の種となって働く仕組みだ。CENP-S-Xを働かないようにすると、DNAに適切に結合せず正常なセントロメアは形成されない

真核細胞のゲノムDNAは、ヒストンの周りに巻き付いて「ヌクレオソーム」という構造を取るが、研究グループは、CENP-T-W-S-Xの周りもDNAが巻いて結合して、通常のヌクレオソームとよく似た構造を取ることなどを突き止めた。なお、細胞核内においてDNAとヒストンが結びついて複合体となったものを「クロマチン」というが、約150bp(ベースペア:塩基対)のDNAが、ヒストン8量体の周囲を1.65回巻き付いた状態が基本単位で、それをヌクレオソームという。

さらに、実際の細胞において、CENP-T-W-S-XがDNAと結合できないように遺伝子に変異を加えたところ、ゲノムが均等分配されなくなることが確かめられた。つまり、セントロメア領域において、CENP-T-W-S-XとDNAが、ヌクレオソームに似た独自の構造を取ることにこそ「ゲノム均等分配のための鍵」があるといえるというわけだ。

エピジェネティクスの分野では、ヒストンの修飾が遺伝子の機能発現制御に関わっていると考えられ、これを「ヒストンコード」と呼んでいる。今回の研究は、セントロメア領域において、ヒストン以外のタンパク質がDNAと結合して、独自の構造を形成することを明らかにしたが、これは新しいゲノムコードの存在を示唆するものだ。つまりセントロメア領域以外においても、ヒストンに似たタンパク質が独自のゲノム構造を取る可能性も考えられるのである。今回の研究は、既知のヒストンコードの考え方を超える新しいエピジェネティクスの概念を提出しており、大きなインパクトをもたらしたのだ。

正常なゲノム分配は、生命維持にとって不可欠であり、ゲノム分配の失敗はがん化を引き起こす。従って、ゲノム分配の分子機構を解明することは、基礎生物学および医学の両側面から意義の高い研究だ。

ゲノム分配において、本質的な役割を担う領域がセントロメアだが、その構造には不明な点が多くある。セントロメア領域に存在するタンパク質は、近年になってやっと同定されたということもあり、構造解析がほとんど行われていなかったことから、今回の成果は大きいという。

ゲノム分配に関わるタンパク質の高精度な構造を理解することは、それらの分子機能を微細に操作し、機能を変化させる薬を創りだすことを通じて、ゲノム分配の人為的なコントロールが可能性となる。ゲノム分配を人為的に制御できれば、がん細胞の増殖もコントロールできる可能性があり、今回の研究は抗がん剤の創薬や医学的な応用面からも注目を受けている状況だ。

また、上記に加えて、このタンパク質がヒストンと類似している点も重要だという。近年、エピジェネティクスにおいてDNA配列以外にゲノムに書き込まれた遺伝情報があるという点で注目を受けていますが、その実体はヒストンの修飾といわれている。

今回の研究では、ヒストン様タンパク質とDNAによる新規構造が発見されたことから、ヒストンコードを超える新しいエピジェネティックな仕組みを発見したといよう。これは、DNAとタンパク質の相互作用について新しい概念を提出したことにもなり、その学問的インパクトは大変大きいものだと研究グループでは述べている。