SCでは色々な賞が授与されるが、スーパーコンピュータ(スパコン)での実アプリケーション処理の最先端を切り開いた論文に与えられるのがGordon Bell賞である。その意味で、Gordon Bell賞の論文を見ると、計算アルゴリズムを工夫し、最適化のテクニックを駆使して、その年の最大クラスのスパコンを使いこなして計算を行うと、このような問題まで解けるようになったのかという進歩の感触が分かる。

Gordon Bell賞を狙う論文は一般論文とは別に募集され、今年は、25件以上の応募があったという。その中で、今年は5件が最終候補として残った。関係者の話では、このところスパコン界での地位の向上の著しい中国からも2件の応募があったが、これらは最終候補には残らなかったという。

最終候補となった論文は、

  1. First-Principles Calculation of Electron States of a Silicon Nanowire with 100,000 Atoms on the K computer
  2. Atomistic Nanoelectronic Device Engineering with Sustained Performances up to 1.44 PFlop/S
  3. Petascale Phase-Field Simulation on the TSUBAME 2.0 Supercomputer
  4. Petaflop Biofluidics Simulations On A Two Million-Core System
  5. A New Computational Paradigm in Multiscale Simulations: Application to Brain Blood Flow の5件である。

結果を先に言うと、実アプリケーションで3.08PFlopsというぶっちぎりの性能を達成した(1)の理化学研究所(理研)などの論文がGordon BellのPeak Performance Awardを獲得した。そして、性能ではPeak Performanceの論文には及ばないが、重要な科学技術的な問題に対してスケーラビリティや答えを出すまでの時間などで大きな貢献があった論文に与えられるSpecial Achievement in Scalability and Time-to-Solution Awardは(3)の東京工業大学(東工大)の論文に与えられ、今年のGordon Bell賞は、2つともに日本が独占するという結果になった。

しかし、残る3つの論文も優れているということで、Honorable Mention(奨励賞)となり、すべての候補論文が受賞するという異例の結果となった。なお、一昨年、長崎大学の浜田准教授らが受賞したコストパフォーマンスを競う論文は候補論文に含まれておらす、Low Price/Performance分野での今年のGordon Bell賞は授与されなかった。

10万原子のナノワイヤのシミュレーションについて発表する理研の長谷川氏

最初の(1)の論文は理研と筑波大学、東京大学(東大)、富士通の共著で、原子と電子の性質だけから10万原子のシリコンナノワイヤの電子状態をシミュレーションで求めたという論文である。将来のMOSトランジスタとして、シリコンのナノワイヤの周囲をゲートで囲んで流れる電流を制御する構造は有望であり、今回の解析は、そのような素子の特性の解析に繋がる一歩である。

従来は、計算機の能力の制約から10,000原子に届かない程度の規模のシミュレーションしか出来ず、トランジスタに使える規模のナノワイヤのシミュレーションはできなかった。今回、「京」コンピュータを使い、高い実効Flopsを実現しにくいフーリエ変換を使わないReal space DFTという計算アルゴリズムを採用し、計算ノード間の負荷のバランスや計算ノード間の通信が制約にならないようにTofuネットワーク上の計算ノードの配置を工夫するなどのテクニックを駆使して10万(正確には107,292)原子のシミュレーションを可能にしている。このような工夫と「京」コンピュータの能力により、直径20nm、長さ6nmという実用的なサイズのナノワイヤのシミュレーションが出来るようになったという。

従来の計算法(上)三角領域の計算とそれに伴う空き時間が多かったが、順序を工夫して空きを減らした最適化計算法(下)で実行時間を短縮

このシミュレーションにはピーク演算性能が7.07PFlopsの442,368コアの「京」コンピュータを使い、アプリケーションの実行性能として3.08PFlopsを達成した。これはピーク性能の43.63%の効率である。なお、この測定は、まだ、全計算ノードが揃っていない7月頃に実施したものであるという。最終的にフルシステムで再測定したいところであるが、関係者に聞いたところ、LINPACKの測定などがあり「京」コンピュータの時間が取れなかったとのことである。