スーパーセンタートライアルや西友などを展開するトライアルグループ。同グループは1992年の1号店オープンに先立つ1987年からシステム開発に着手し、「ITで流通を変える」という一貫した発想で事業を組み立ててきた。

7月14日~15日に開催された「DCSオンライン×TECH+セミナー 2026 Jul. リテールDX 顧客理解と店舗革新で描く、次世代リテールの姿」に、トライアルテクノロジー 執行役員 Digital Transformation Div. 本部長の古賀輝幸氏が登壇。トライアルグループのデジタル戦略の全体像と、その先に見据える流通全体の変革を語った。

流通の「ムダ・ムラ・ムリ」を解消し、デジタル基盤の経営へ

「世界の誰もが『豊かさ』を享受できる社会をつくる」という経営理念の下、テクノロジーとリアルの融合を推進してきたトライアルグループ。全国でスーパーセンターなどを展開し、近年では西友を完全子会社化するなど店舗数は600を超え、売上高はグループ全体で1兆円規模に達している。

古賀氏は、日本の流通市場が抱える課題について「約164兆円の流通市場のうち、約23%にあたる約40兆円は『ムダ・ムラ・ムリ』によるもの。古い商慣習に基づくプロセスが多く残り、デジタル時代にふさわしくない運用がいまだに存在している」と指摘する。

かつて電話やFAXで行われていた発注業務は、現在、システム入力に置き換わったものの、伝票データを基幹システムで集計し照合・支払いをするというプロセス自体は変わっていない。同氏は「既存プロセスへの部分的なIT導入では、生産性の大きな向上は見込めない」と語り、次のように続けた。

「我々が目指すのは、単にソフトウェアを導入するだけではなく、経営の根幹がデジタルの上に成り立つような企業への変革です。リアルストアを経営する企業であっても、デジタルで状況を把握し、デジタルで判断を下すといった、新しい時代のビジネスプロセスへと変わるべきだと考えています」(古賀氏)

同グループはこの変革を「Smart Store Technology(スマートストアテクノロジー)」と位置付け、「Connected Store(コネクテッドストア)」「Retail Media Marketing(リテールメディアマーケティング)」「Digital Value Chain(デジタルバリューチェーン)」「Operational Backbone(オペレーショナルバックボーン)」の4軸で進めている。

  • スマートストアテクノロジーの4つの軸

    スマートストアテクノロジーの4つの軸

店頭体験を革新する「コネクテッドストア」

1つ目の軸である「コネクテッドストア」は、店舗にさまざまなデバイスを導入し、データの取得と価値提供を両立するスマート化の取り組みだ。その象徴が「Skip Cart(スキップカート)」である。

スキップカートは、タブレットとバーコードスキャナが一体化したスマートショッピングカートだ。顧客は買い物をしながら商品をスキャンしてマイバッグに入れていき、最後に専用ゲートを通過するだけで決済が完了、レジに並ぶことなく退店できる。現在、全国の約280店舗に2万3000台以上が導入されており、1か月あたりの利用者は450万人にのぼるという。

「スキップカートの導入によって、お客さまには非常にスムーズなお買い物体験を提供できています。また、1時間あたりの通過客数は有人レジの約15~16倍にもなり、レジの人時を大幅に削減することができました」(古賀氏)

  • スキップカートの仕組み

    スキップカートの仕組み

さらに、店舗には多数のAIカメラが設置されている。陳列状況や在庫ボリュームを遠隔からリアルタイムで把握できるだけでなく、顧客の購買行動の分析にも活用されている。

「商品が売れない場合でも、お客さまがそもそも通路を通っていないのか、商品は見たけれど手に取らなかったのか、あるいは手に取ったが棚に戻したのか、理由はまったく異なります。カメラの分析によって、そうした行動の違いが明らかになるのです」(古賀氏)

これらの技術を活用し、省人化・無人化を追求した「TRIAL GO」店舗での店舗実験も進んでいる。顔認証による酒類の年齢確認や、セルフレジ、自動発注、惣菜の自動値下げなどを実装し、リモートマネジメントによって少ない従業員数でも運営できるモデルの構築を目指している。

個客に寄り添う「リテールメディアマーケティング」

2つ目の軸「リテールメディアマーケティング」では、圧倒的な顧客データを活用し、パーソナライズされた価値を提供する。トライアルは約1200万人の会員を有し、売上高の80%以上が会員によるものだという。この強固な顧客基盤(ID-POS)をベースに、顧客一人ひとりの嗜好やライフスタイルを理解し、One to Oneマーケティングを展開している。

その接点として機能するのが、スキップカートのタブレット画面だ。

「例えば、カットサラダをスキャンしたお客さまに『ドレッシングは切れていませんか?』とお知らせしたり、食パンを買われた方にポイント倍増の新商品のジャムをレコメンドしたりしています。それが不快なものであってはならないので、お客さまの文脈に合った商品を出していくことが重要です」(古賀氏)

また、店舗内に50~60台設置されたデジタルサイネージも強力な販促ツールだ。惣菜コーナーで焼き芋が焼き上がったタイミングでボタンを押すと、店内の全サイネージが一斉に焼き芋の画面に切り替わるという。

「サイネージを導入している店舗とそうでない店舗とでは、利益に2倍ほどの差が出ています。お客さまが店頭で情報に気付き、非計画購買につながっているのです」(古賀氏)

メーカー・卸と共創する「デジタルバリューチェーン」

3つ目の軸「デジタルバリューチェーン」は、小売・卸・メーカーがデータでつながり、流通全体の生産性を向上させる取り組みだ。古賀氏はこれを「横のDX」と表現する。

「これまで、小売は小売、卸は卸、メーカーはメーカーと、それぞれが個別最適を図ってきました。しかし、小売が『絶対に欠品させない』と要求すれば卸は無駄な在庫を抱えることになり、結果として流通全体の『ムダ・ムラ・ムリ』を生みます。実際の需要予測や売上、在庫などのデータを企業間で共有し、あたかも1つの企業のように全体最適で経営していくことが重要です」(古賀氏)

  • 横のDXの概要

    横のDXの概要

この共創の舞台となっているのが、福岡県宮若市の廃校をリノベーションして設立されたAI開発センター「MUSUBU AI」だ。ここでは月に1回、「宮若Week」と題してメーカーや卸の担当者が集い、トライアルの顧客データを用いたワークショップを行っている。

さらに、ITベンダーや他の小売企業を交えた「Smart Storeコンソーシアム」を設立し、実証実験や成功事例の水平展開を推進。将来的には、小売が担ってきた商品決定権、在庫コントロール、さらには価格決定権をメーカーや卸に移譲するコンサインメントの実現を見据え、流通プロセスの根本的な変革を目指している。

  • コンサインメント実現に向けたステップ

    コンサインメント実現に向けたステップ

リテールメディアのネットワーク化も進展している。「九州リテールメディア連合会」を通じて地域の小売業と連携するだけでなく、西友の首都圏74店舗へのサイネージ展開を皮切りに、今後は関東、中部、関西へと全国規模のエコシステムを拡大していく方針だ。

AIが自社データを語る時代に備えた「オペレーショナルバックボーン」

これら先進的なフロント施策を下支えするのが、4つ目の軸「オペレーショナルバックボーン」である。バッチ処理中心だった従来の基幹システムから、リアルタイム処理が可能で可用性の高いモダンなアーキテクチャへの刷新を進めている。

ここで古賀氏が課題として挙げたのが、「いつ・どこに・何が・何個あるか」というサプライチェーン全体のデータの圧倒的な不足だ。

「販売や発注のデータはあっても、計画どおりに商品が店舗に届き、狙いどおりの場所やタイミングで陳列されたのかを示すデータはほとんど存在しません。計画と実績の乖離の理由を正確に把握するためには、これまでExcelに埋もれていたような計画データや契約データ、さらには物流の中間プロセスのデータまでを一元化し、可視化する必要があります」(古賀氏)

データの整備が進めば、AIによる高度な意思決定支援が可能になる。トライアルでは、自社開発の高速データ処理基盤「e3-SMART」と生成AIを連携させ、自然言語でデータ分析が行える環境を構築している。

「データで何ができるか」から始めない

講演の最後に、古賀氏はDX推進における本質的なアプローチについて語った。

「『データを使って何ができるか』から始めてしまうと、あまり良い着地点には至りません。まずは『解決すべき経営課題は何か』『実現したい戦略は何か』をスタートに据えるべきです。その課題を解決するための手段として、データは必ず有効に働きます。今あるデータでできることから始めつつ、足りないデータは新たに取得していく。常に課題解決を念頭に置いて発想を進めることが重要です」(古賀氏)