スーパーマーケットチェーンのサミットが、大手同業他社と比べて1/6というシステム予算でありながら、AI導入などのDXを次々と進めている。その裏にあるのは、ITの専門家ではないリーダーが率いる数名のチームが、現場と本音でぶつかり合い、泥臭く推進する「もみくちゃDX」だ。

7月14日~15日に開催された「DCSオンライン×TECH+セミナー 2026 Jul. リテールDX 顧客理解と店舗革新で描く、次世代リテールの姿」に、同社 執行役員 情報システム部・リテイルDX推進室担当でリテイルDX推進室マネジャーの氷上純二氏が登壇。限られた予算と人員でDXを進める組織づくりとAI活用の実践を語った。

限られた予算・人数で挑む組織のかたちと人材育成

サミットは住友商事の100%子会社で、1都3県に125店舗を展開する食品スーパーマーケットチェーンである。氷上氏は新卒でスーパーマーケット業界に入り、商品部のバイヤーなどを歴任してきた人物だ。自身を「ITに関しては素人」と評する同氏が率いるリテイルDX推進室は、社長直下の独立した組織となっている。

「情報システム部は運用保守をミッションとしているため、『エラーなく通常どおりに稼働させること』がミッションです。それに対してDXは開発であり、『今までのやり方を変える、新しい仕組みをつくること』が使命になります。情報システム部の傘下にDX組織を置くと、運用保守の圧力に飲まれてしまいがちです。DX担当者は情報システム部や商品部、店舗、ベンダーのあいだに入って調整するハブとなる役割が大きいため、組織として独立させたほうが良いと考えています」(氷上氏)

同社のシステム関連予算は、同業の大手企業と比べて売上比率で1/3、売上規模の違いも含めると実質約1/6に過ぎないという。DX推進室のメンバーもわずか8名と限られている。

サミットでは社内のDX人材を増やす工夫として、外部セミナーの受講などに頼るのではなく、実務担当者をプロジェクトに巻き込む手法を採っている。DX部隊が要件を決めてから実務担当者にヒアリングするのではなく、実務担当者自身にプロジェクトの主担当として参画してもらうことで、システムができあがるごとに社内に見識を持つ担当者が増えていく仕組みだ。

また、開発パートナーについては、予算とスピードの観点から、「オフショア一択」の戦略を採っている。日本語のニュアンスが伝わりにくいといったデメリットはあるものの、高い熱量の若いエンジニアが100名規模でアジャイル開発に取り組んでくれるメリットを最大限に活かしているという。

DX案件は「夢を描き切る」ことから始める

限られたリソースでDXを成功に導くため、氷上氏は独自の進め方を提唱する。それは「1. 夢を描き切る」「2. できそうな順に並べる」「3. フェーズを切る」「4. 実務者ともみくちゃになりながらつくり始める」という4つのステップだ。

「時間がないからと、手元の現実的な話に終始して開発を始めてしまうケースも多いと思います。しかし、私は最初の段階で『夢(≠To-Be)』を描き切ることが極めて重要だと考えています。後から『あれもやりたい、これもやりたい』と要望が出てきても、『それは第3フェーズに置いてあります』と整理できるため、要件が不要に膨らむのを防げます。結果的に、開発スピードや効率が上がっていくのです」(氷上氏)

  • DX案件の進め方のイメージ図

    DX案件の進め方のイメージ図

現場ともみくちゃになりながら進めた「AI値引き」

こうしたプロセスを経てかたちになった事例の1つが「AI値引き」である。これまで夜間責任者が長年の勘と経験で行っていた惣菜部門の値引き作業を、AIの力で誰にでもできるようにし、同時にロス率の低減を図る取り組みだ。

担当者が専用のスマートフォンアプリに当日の客数予測と対象商品の残数を入力するだけで、AIが過去の実績に基づき最適な値引き額を計算し、シール用プリンターから値引きシールが印刷される。

  • AI値引きの画面

    AI値引きの画面

しかし、AI値引きの導入は決してスムーズにはいかなかった。

PoCの段階では、現場のベテラン社員からの反発もあり、なかなか利用が進まなかった。さらに、重回帰分析を用いた効果検証においては、天候などのさまざまな変数を組み込んでも明確な効果を証明できず難航した。

打開のきっかけになったのは、氷上氏自身の現場感覚だった。当初のモデルは競合店の出店有無などを変数に置いていたが、同氏は「ロス率は売上と密接に連動する」という現場の肌感覚を基に分析設計の見直しを促した。結果、対象コーナーで0.5ポイントのロス率改善を確認。年間で億単位の改善額に相当し、これを根拠に稟議を通して全店導入にこぎ着けた。

「分析担当者だけで分析するのではなく、現場経験者の知見を入れながら検証していくことが極めて重要だと思いました」(氷上氏)

現場への導入にあたっても、氷上氏は各部署で相手の状況に合わせた資料を使い分けながら27回もの説明会を実施し、夜間責任者たちからの厳しい質疑応答から一切逃げずに対話を続けた。その結果、現在では利用率93%に達している。

また、開発において同氏がこだわったのが「一筆書き」と「おまけ付き」という考え方だ。「一筆書き」とは、複数のシステムを連携させ、一度の入力で関連業務が完結すること。「おまけ付き」とは、現場が抱える既存の課題解決にとどまらず、現場が喜ぶ新たなプラスアルファの機能を提供すること。

「AI値引きとは別に、グラム売りの不定貫商品に貼る『〇〇円引きシール』の計算が手間だという課題がありました。そこで、スマートフォン端末に連続スキャン機能を持たせ、一気に値引き処理ができる機能を『おまけ』として付けました。これが値引き作業者から絶大な支持を集め、アプリ自体の利用定着につながったのです」(氷上氏)

AIで顧客データをどう生かすのか

続いて氷上氏は、ドラックストア「トモズ」という住友商事グループ間の店舗でのデータ連携の取り組みを「立体的顧客データ」の活用事例として紹介した。

「トモズで男性用髭剃りを購入している女性」がサミットで何を買っているかを分析したところ、「トロほっけ」や「ノンアルコールハイボール」「いか刺身」など、男性が好みそうな商品が上位に挙がったという。

「トモズで髭剃りを買う女性は夫婦で買いものをしており、夫が妻の買いものかごに入れているのではないか。サミットでも同様に夫婦で買いものをするから、男性が好む商品が混ざるのではないか、という仮説が立ちます。だとすれば、トモズで髭剃りを買った女性に対して、お酒に合う『ほっけ』をレコメンドしてみるといったように、施策の解像度をぐっと上げることができます」(氷上氏)

さらに、店舗におけるアナログ情報のデジタル化と分析にも取り組んでいる。サミットの店舗には顧客対応専門の案内係がおり、毎日数百枚の手書き報告書が提出されている。以前はOCRでの読み取りが困難だったが、近年の生成AIの高度化により、達筆な手書き文字も高精度でデータ化できるようになった。

このデータをAIで要約し、クラスター分析を行うことで、顧客の潜在的なマインドが見えてくるのだ。ある特定商品のプレゼントキャンペーンに対する数名の問い合わせが、独立したクラスターとして分類されたこともあったという。こうしたインサイトの可視化は、今後の店舗運営において大きな価値を持つ。

  • 報告書のクラスター分析

    報告書のクラスター分析

商売をどこまでもエキサイティングにするために

講演の最後に氷上氏は、DXを進めるうえで陥りやすい罠として「ディフェンス型DX」や「セキュリティへの偏り」、そして「AI活用の目的化」を挙げた。セルフレジの不正防止やサイバー攻撃対策などは重要だが、それに注力しすぎるあまり、新しいサービス開発といった本来の「攻めのDX」が疎かになってはいけないと警鐘を鳴らす。

「AIで全てが自動化され、人が考える必要がなくなってしまえば、やりがいすら失われてしまいます。初めから『人に何をやってもらうのか、何を考えてもらうのか』を決めておくことが重要です」(氷上氏)

同氏が率いるリテイルDX推進室では、DXという言葉を独自に再定義し、社内に発信し続けている。

「リテイルは『商売』、Dは『どこまでも』、Xは『エキサイティングに』の略だと言っています。スーパーマーケットで働く人たちは、商売の楽しさをよく知っています。その楽しい商売を、どこまでもエキサイティングにするための道具をつくっていくのが我々の役割です。このメッセージを発信し続けることで、現場の理解と期待を高め、『もみくちゃ』になりながらも邁進していきたいと考えています」(氷上氏)

限られた予算のなかで、システムベンダーに丸投げするのではなく、現場の知見を最大限に引き出しながら泥臭く推進されるサミットのDX。その実行力は、多くの企業にとって大きなヒントとなるはずだ。