早稲田大学の研究チームは、染色体分配に関与することで知られている微小管脱重合因子の「MCAK(有糸分裂セントロメア関連キネシン)」が、張力を発生する分子モーターであることを発見した。

これは、早稲田大学理工学術院の小口祐伴次席研究員(現在は理化学研究所 横浜研究所オミックス基盤研究領域・博士研究員)、内村 誠一(理化学研究所 脳科学総合研究センター・博士研究員)、大木 高志 (早稲田大学理工学術院客員講師)、Sergey V. Mikhailenko(早稲田大学理工学術院助教)、石渡信一(早稲田大学理工学術院教授・早稲田大学バイオサイエンスシンガポール研究所所長)の研究チームによるもので、同成果は国際科学雑誌「Nature Cell Biology」のオンライン版(5月22日付け)に掲載された。

染色体分配(有糸分裂)は、ヒトの生命活動にとって最も重要な細胞機能の1つで、細胞分裂期において、複製された染色体は娘細胞に正確に均等分配される。もし、染色体分配に異常が生じ、均等に分配されないこととなるとガンや先天的な病気へと繋がることとなる。この染色体分配のメカニズムは、半世紀以上にわたり研究が続けられているが、未解決の問題が数多く残されており、今回の研究テーマとなった染色体を娘細胞へと分配する(運搬する)原動力となる因子を特定することも、そのような問題の1つ。

染色体分配(紡錘体形成)に関与しているモータータンパク質。MCAK(Kinesin-13)も分子モーターと言われていたが、これまでは実際にその動きがどういったものであるのかが確認されていなかった

細胞分裂期において、染色体の一部である動原体は"極"から伸びてきた微小管と結合し、姉妹染色体間に張力を発生する。そして、姉妹染色体間を繋ぐ因子が外れると、それぞれの姉妹染色分体は極へと運搬される。これまでの研究により、一対の染色体を二分したり、運搬する原動力は、微小管の自発的な脱重合(短縮)にあるということが通説とされてきたが、その一方で、この現象にキネシン、ダイニンといった微小管上で運動するモータータンパク質の寄与も考えられており、染色体分配の原動力となる因子の特定は、完全にはなされていなかった。今回の研究対象となったキネシンの一種である「MCAK」も染色体の運搬に寄与することが示唆されていたが、詳細は分っていなかった。

MCAKは他のキネシンモーターとは異なって、微小管を両端から脱重合する性質を持つことが知られており、動物種や細胞周期にもよるが、MCAKは主に動原体に局在し、微小管の端を脱重合する。染色体が確実に極へと運搬されるためには、動原体と微小管は十分に強く結合している必要があるのと同時に、この結合を維持しつつ、微小管を短くする必要がある。この一見矛盾する動作をMCAKは実現できるかどうかを研究チームは、直径1μmのポリスチレン製の微粒子(ビーズ)の表面にMCAKを結合し(MCAKビーズ)、細胞内での染色体分配のような現象を再現できるかどうかの検討を行った。

MCAKを1μmのビーズに付着させ、その動きの確認を行った

微小管のサイズは25nm程度で、結合できる分子の数は1~2個であり、その結合分子により脱重合ができるかが検討された。具体的には、光ピンセットを2つ用意、2個のビーズを微小管の両端に付け、付けた後に片方の連鎖を断ち切った。1つのビーズに付いたMCAKの数が少ないと移動速度が少なく、脱重合が発生しづらいことが確認された。これまでの研究では、微小管に沢山のMCAKを混ぜてしまっており、今回のように数をコントロールして、数に応じて移動速度が決まることを突き止めたことは世界で初めてだと石渡教授は説明する。

MCAKビーズに蛍光色素を付着させ、その動きを確認。付着させた数により、その移動速度が変化したことが確認された

また、実際に脱重合を起こせるだけの力を発揮できているのかどうかの調査も行った。具体的には光ピンセットで両方を固定して動くかどうかを調べたところ、脱重合しようとして少しずれることが判明した。これにより、ビーズに結合した脱重合の数に応じて張力が変化することが判明し、「恐らく1個のMCAKで1pNの力を出しながら脱重合することが判明した。脱重合するためのエネルギーは、おおよそわかっていて、数百pNは必要と考えられている。1pNでは足りないと思われるが、微小管1個の表面は、ビーズのように滑らかではなく、アモルファスであるため沢山のMCAKがついていると考えられる。その結果、微小管1個で数百pN出すことも可能と見られ、MCAKだけで分裂できると見積もれる」(石渡教授)と説明し、この点が今回の研究の最大の発見であることを強調する。

写真だと分からないが、動画で見ると微小管(白い丸部分)がほんのわずか、動く様子が分かった

今回の研究は、MCAKが微小管を脱重合しつつ、それに結合している物体(実験ではポリスチレンビーズ)を運搬できることを示した。その移動速度はビーズ表面に結合するMCAKの分子数とともに増加するが、これまで考えられていた、動原体が特殊な構造(微小管が入り込むトンネルのような構造)をとることと、その構造を形成するタンパク質群が染色体の分配・運搬に必須のものだという考えに対し、染色体の運搬にそのような特殊な構造は必ずしも必要でないことを示唆する結果となった。

発生する力は、微小管の本数により比例し、結合した対となる微小管の本数が同じだと、張力は均衡が取れた状態となる

また、MCAKによるpNオーダーの張力も、移動速度と同様に、MCAKの分子数とともに増加し、微小管にある方向性(プラス端、マイナス端)に大しても、どちらでも行えることが明らかとなった。

MCAKによる張力の発生および物質運搬のモデル。キネシンは双頭のものがほとんどであり、そのため、2つの頭を活用することで、交互に脱重合を起こしていく。分子モーターは、これまで自らが歩いてなんらかの物質を運搬するというものが基本であったが、MCAKは自らは何かを運ぶというものではなく、何かを破壊、再生という形で移動するこれまでにない分子モーターとなっている

これらの結果は、染色体の移動速度や、姉妹染色体間に加わる張力の大きさは、関与するMCAK分子数によって制御されることを示唆しており、実際、細胞内においてMCAKはリン酸化とよばれる化学修飾を受けて不活性化することが報告されている。そのため、こうした機構によって活性状態にあるMCAK分子数を調節することで、姉妹染色体間に働く張力の大きさや、染色体の移動速度を簡単に制御できると考えられるほか、今後の波及効果として、MCAKと微小管にほかのタンパク質も加えていくことで、人工染色体分配装置を作ることができたり、細胞分裂に関与する個々のタンパク質分子の特性を解明することで、染色体分配の制御機構の全貌を理解することも可能となるという。