半導体市況弱含みの今日この頃

先日、以前にAMDで一緒に働いて現在では某フラッシュメモリーの会社で働いている人と久しぶりに飲んだ。自然と市況の話になったが、さすがに今回の半導体市況はかなり厳しいらしい。DRAMもかなり落ち込んでいるが、フラッシュメモリーもスマートフォン市場への依存度が高いだけにかなり厳しそうだ。「5Gの到来でこんな不況は嘘のように吹っ飛んで、またいくら増産しても足りないとまたお客から怒られるようになるわ!」、といういつもの半導体屋のしょうもない終わり方で楽しく飲んだ。

帰宅する途中にマイナビニュースを見ると「2018年第4四半期の半導体企業ランキング、Intelが首位に返り咲き - IHS調べ」、という記事が載っていた。半導体企業の当事者はランキングよりも売り上げのほうが気になることだろうが、世間は何につけてもランキングを気にするものだ。

記事によると、長年「世界最大の半導体企業」という枕詞はIntelのものであったが、2017年第3四半期以降はその座をSamsungに明け渡していた。それがちょうど1年でその座がまた入れ替わったとのことだ。ランキング表の売り上げを見ると両社とも3位のSK Hynixの2倍近い売り上げでダントツの首位集団という状況は変わらない様子だ(ただしこの半導体ブランド別ランキングにはTSMCは含まれてはいない)。興味深いのはSamsungの売り上げの87%がメモリーで、Intelの売り上げのメモリーの比率は6%に過ぎないという象徴的な数字だ。やはりCPUハウスのIntel、メモリーハウスのSamsungという図式はまったく変わらない。

密接な関係を持つメモリーとCPU

言わずもがなであるが、メモリーとCPUは密接な補完関係にある。技術の方向性はまったく異なっているが、コンピューターの歴史はこのまったく技術分野の違う両輪がお互いにイノベーションを繰り返しながら急速な発展を遂げた。

「高速CPUがメモリーを大量に消費する」という図式は、演算部と記憶部を基本構成とするノイマン式コンピューターが現代コンピューターの中心にある限りはこれからも続いていくと思われる。今ではメモリーとCPUの業界人はかなり異なるメンタリティーを持っているが、昔の半導体業界ではこれらはかなり混然としていた。

今ではCPUの王者であるIntelも、かつてはDRAM・EPROMが売り上げの主力であった。それが日本メーカーに追いつき追い越されると、起死回生の変身を遂げCPUメーカーとなったという歴史は現代の業界人にはあまりピンと来ない話であろう。

その妥当性が何度も問われながらも、現在でも通用している半導体の不文律のような「ムーアの法則(半導体の集積率は18か月で2倍になる)」はIntelの創始者の一人であるゴードン・ムーアによる言葉である。これはCPUにもメモリーにも通用する法則である。今では想像できないかもしれないが、私が勤務したAMDも当初はDRAM、EPROM、SRAMなどのメモリー製品をたくさん売っていたが、Intel同様日本勢の激しい攻勢の結果劣勢に立つと、そのコアビジネスをCPUとフラッシュメモリーの二本柱に絞った。もっともIntelと同様、AMD・Intelともに当時フォーカスしていたフラッシュメモリーは現在の主記憶装置として普及しているNAND型ではなく、アクセスタイムがより速いNOR型であった。

  • マザーボード

    パソコンのマザーボードは演算部(CPU)と記憶部(メモリー)で構成される

当初はEPROMにとってかわる"夢の不揮発性メモリー"としてフラッシュメモリー業界はAMD・IntelのNOR型と東芝・SamsungのNAND型が対峙することとなったが、主記憶装置としては最終的にNAND型に軍配が上がった。現在でもその高速アクセスを生かしたプログラム格納用の不揮発性メモリーとしてはNOR型が使用されているが、その市場規模はNAND型よりもはるかに小さい。

AMDと富士通はジョイント・ベンチャーで福島の会津若松にNOR型フラッシュメモリーの大工場を建設することになった。当初FASL(Fujitsu AMD Semiconductor Ltd.)として発足したこのジョイベンは、その後Spansionとして独立することとなったが、DRAM・EPROMで敵同士であった日米の企業が合弁会社を設立するという事で、当時はかなり注目された。

その開所式でAMDのCEOのサンダースが「これから我々は世界最大のメモリー工場をこの地に建設する。2年後にはとんでもない数のフラッシュメモリーがこの工場から繰り出されることになるが、両社で協力して全て売りつくして欲しい」、と述べるとその当時のAMDの営業のトップであったスティーブ・ゼレンシックが会場に響き渡る声で一言"No Problem !!"と言った光景を今でも昨日のようにありありと覚えている。半導体はやはりハイリスク・ハイリターンの非常に特殊なキャパシティービジネスなのである。AMDと富士通の合弁会社設立時の裏話は過去の記事で御紹介した通りである。

ご参考:「巨人Intelに挑め! – サーバー市場に殴りこみをかけたK8 第18回 【番外編】ジョイントベンチャーと温泉宿の浴衣」

ファブレスのCPUとファブレスにならないメモリー

冒頭のブランドベースのランキングで見るメモリーとCPUの関係は、今まではトップ2強のSamsungとIntelの文脈で考えられるが、この図式が半導体という巨大市場の全体像を表しているとは限らない。現在の半導体市場では私が今までに経験しなかったような下記のような変化が起こっている。

  • パソコン市場よりも大きなスマートフォン市場ではCPUはほとんど全数がQualcommのようなファブレス企業のものか、Appleのようなスマートフォンのエンド企業のものである。ここには世界のファブレス需要の半分を飲み込むTSMCの存在がある。
  • 特にGAFAのような巨大エンド企業が自社で半導体デバイスを手掛けだすと、実際にどれだけCPUが出荷されているのかは、エンド製品の出荷数と同値となる。この傾向はCPUに限らず、他のASICデバイスでも顕著になっている。最近FacebookがインターコネクトのIP会社Sonicsを買収したニュースなどを見るとこの流れは今後加速することが予想される。
  • このようなブランド半導体の図式が変わる主要な原因はファブレスの有無がある。今後CPU/ASICはファブレスにどんどん移行すると見られるが、メモリーはあくまでも自社で巨大ファブを運営する垂直統合型のIDM企業によってサポートされるという、ビジネスモデルでの決定的な違いだ。
  • 半導体ビジネスは微細加工がさらに発展するにつれ、先端技術集約であると同時に巨大装置産業化しているのが実情である。半導体ブランドもどんどん淘汰されてされている。こうなるとHRHR(High Risk High Return:ハイリスク・ハイリターン)どころかHRNR(High Risk No Return:ハイリスク・ノーリターン)になってしまう可能性がどんどん高まる。経営のかじを取るCEOは大胆かつ細心の判断を常に迫られる。

かつてAMDのCEOサンダースは「半導体に生きる男だったら自社ファブを持て」と豪語したが、そのたった20年後に業界がこのように変貌するとは予想していなかっただろう。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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