先日、SIA(米国半導体協会)は2020年のロバート・ノイス賞がAMDのCEOリサ・スーに送られることが決まったと発表した。この賞は「電子技術の発展を通して人類の発展に貢献した人物」に送られる栄誉の高い賞で、対象は半導体に限らずコンピューター業界のリーダーたちとなっている。

過去にはノイスと一緒にIntelを創業し「ムーアの法則」で広く知られるゴードン・ムーアや、AMDの創業者サンダース、National SemiconductorやSEMATECHを創立したスポークなども受賞している。授賞式は11月のSIAの定例会議の後で行われる。この日は例年SIAと半導体各社の代表が一堂に会する恒例の会食会が開催されるが、コロナ禍の今年はバーチャルで授賞式が行われるという。

半導体業界のレジェンド、ロバート(ボブ)・ノイス

この栄誉ある賞の冠となっているのがロバート・ノイスである(シリコンバレーでは愛称で“ボブ”・ノイスと呼ばれるほうが多い)。

ノイスはショックレー研究所をゴードン・ムーアと共に飛び出しフェアチャイルド社を創設(1957年)、その後フェアチャイルドを飛び出しムーアに加えてアンディー・グローブの3人でIntel(1968年)を創業した。IntelのCEO職をムーアに譲るとNational Semiconductorのチャーリー・スポークが立ち上げたコンソーシアム「SEMATECH」の運営を引き受けたが、趣味のテニスに打ち込んでいた際に突然体調を崩し、心不全で1990年に62歳の若さで亡くなった。まさに半導体の黎明期にシリコンバレーを疾走したレジェンドである。

  • ロバート・ノイス

    Intel博物館にある創業者ボブ・ノイスの若き日の写真 (著者所蔵写真)

ノイスはよく“集積回路の発明者”と言われる。単体のシリコン基板の上に電子回路を作りこむ技術にはTexas Instruments社のジャック・キルビーによる「キルビー特許」とノイスがフェアチャイルド時代に発明した「プレーナー技術」という重要な技術が基になっているが、結局キルビーは2000年にノーベル物理学賞を受賞したが、ノイスはすでに亡くなっていた。キルビーは受賞の際にノイスへの大きな尊敬の意を表したといわれている。

目覚ましい躍進を続けるAMD

さて今回栄えある賞を受賞したリサ・スーはTexas Instruments、IBM、Freescale Semiconductorなどの技術部門で働いた後2012年にAMDに入社し、2014年にCEOに就任した。

2014年当時のAMDはBulldozerコアのCPUの開発がうまくいかず、せっかくK8コアでハイエンドのコンピューター市場に参入したそのポジションを急速に失っていった。

浮き沈みを繰り返すAMDはウォールストリートなどの主要証券市場の期待をまったく失い、AMD株は一桁台に落ちるありさまだった。リサ・スーがAMDのCEOに就任した当時、AMDは瀕死の状態だったのである。CEOに就任したリサは製品開発のフォーカスを「ハイエンド・コンピューティング」に定める。これは非常に勇気のいる決断だ。というのも、ハイエンドのCPUをまったく新しいアーキテクチャーから設計し、製品化するには少なくとも3年は優にかかる。しかしせっかちな証券市場はそんな悠長な長期プロジェクトにはあまり関心を示さない。リサ・スーは4半期ごとの決算で常に株価の上昇を期待する証券市場と投資家からの開発費への投資を継続させ、社内の開発エンジニアを鼓舞しながらついに2017年、現在のRyzenの第1世代となるZenアーキテクチャーによるCPUを完成させた。このアーキテクチャーは現在、7nmプロセスによる第4世代に受け継がれようとしており、AMDはリサが目指したハイパフォーマンス・コンピューティング市場に見事にカムバックを果たしたといえる。

  • リサ・スー

    2019年のComputex Taipeiにてキーノート・スピーチをするリサ・スー

リサ・スーのもう1つの功績は、ファウンドリーパートナーを変えたことであろう。かつてのAMDのドレスデン工場を母体としたGlobalfoundriesは、リサのAMD・CEO就任のころから次第に最先端プロセスの開発競争から脱落していっていた。

ハイパフォーマンスを目指すマルチスレッドの革新的なアーキテクチャーは億単位のトランジスタの集積が必須条件となる。10nm未満のプロセス開発からの脱落が明らかになったGlobalfoudriesから、最先端のプロセスとキャパシティーを擁するTSMCへのリサの切り替えの決断はまさに電光石火だった。リサはテレビのインタビューの中でよく「Change on a dime」という表現をする。「1セント硬貨くらいの小さな動きで大きな動きを引き出す」という意味であるが、TSMCへの素早い切り替えはその後のAMDのリードを決定づけた。TSMCでの7nm製品の増産出荷は、プロセス技術の開発でつまずくIntelとの技術面での差を広げる結果となった。

リサのハイエンド戦略はCPUにとどまらない。現在、AMDでは最新のBigNaviアーキテクチャーによるハイエンドGPUの投入が準備されていて、AMDはこの最新のGPUでハイエンドGPU市場の王者NVIDIAに挑戦しようとしている。

AMDはリサのリーダーシップに導かれて自信に満ちた会社に変身した。私はリサが入社する前にAMDを去ってしまっていたので直接会う機会がなかったが、1人の偉大なリーダーシップがAMDという浮沈の激しかった「一発屋」をハイエンドのポジションを獲得する現在のAMDに改造したリサの功績には目を見張るものがある。

後日譚

こんな原稿を書いている最中にたまたま、かみさんが自身のパソコンを新調したいと言い出した。電気店まで付き合って一緒に選んでほしいという。大手電機店のパソコン売り場に行くのはかなり久しぶりだったが、たくさんのチョイスがある中で私が目指したのはRyzenのステッカーだった。

私がAMDにいたころはK6、Athlon、Duronなどのステッカーであったが、それらはパソコン売り場では明らかに少数派であった。しかし今回は違った、何十台も並ぶパソコンにはざっと見渡しただけでも4割くらいはAMDのCPUであった。昔の癖で近くにいる店員を呼んで話をした。

  • Ryzen

    新調した我が家のパソコンに貼られたCPU/GPUのステッカーはRyzenとRADEONである

以下は、筆者と店員とのやり取りである。

筆者:これにはRyzenと書いてあるけど、これはIntelじゃないの? 大丈夫?
店員:これはAMDというアメリカの会社のRyzenというCPUですごくいいです。同じ値段だったらこちらのほうが断然性能がいいです。こちらのほうが先に売れてしまうので品薄になってます。この機種はこれが残りの1台です。
私:へえ~、AMDってそんなにいいの、あまり聞いたことないけど……
店員:AMDのCPUはIntelよりも断然いいですよ。あの将棋の藤井聡太二冠もAI将棋のマシンでAMDの最新鋭CPUを使っているほどですから。
私:なるほどねえ~、じゃあこれにしようか。

隣で聞いていたかみさんは私と店員の会話にあきれ顔だったが、結局某大手PCメーカーのRyzen/Radeon搭載パソコンを購入した。かなりバランスの取れた優秀なマシンだ。ちなみに、この原稿はそのパソコンで書いたものである。