私の半導体業界での経験で学んだ用語を私の勝手な解釈で思い出と一緒に解説しようという今回のシリーズ。今回は「Design-in(デザインイン)とDesign-win(デザインウィン)」を取り上げたい。今回も正確性については甚だ自信がないが読み物だと思ってお付き合い願いたい。

半導体業界におけるデザインインとは?

パソコンのような完全に標準化された仕様に基づく電子製品は非常にまれである。マザーボードの仕様、ファームウェア環境、ソフトウェア環境などが標準化されていて巨大なボリュームが期待されるので、その中心の技術を担うCPU(中央演算装置)のビジネスは一般の他の半導体部品のものと比較して桁外れに大きな利益をもたらす。

かつてこのビジネスを手にしようと多くの挑戦者が現れたが、x86 CPUの市場では熾烈な競争の結果IntelとAMDのみになってしまった。しかし他の半導体ブランドと同じようにIntelもAMDもパソコンを中心とするビジネスにたどり着くまでには他に多くの「組み込み」アプリケーション用の半導体製品でもしのぎを削った。

組み込み向け半導体製品の場合、ビジネスに至るまでにはカスタマーの最終製品に組み込まれるまでの「デザインイン」というプロセスが必須である。デザインインのためにはFAE(Field Application Engineer)と呼ばれる技術部隊が営業とペアになって売り込み活動をする。

このプロセスは大変に技術的で長期にわたることになるが、デザインインの数は半導体各社にとって将来ビジネスの規模を予想するためには重要な目安になる。デザインインの数によって売り上げ予測が可能となり、それに見合う生産キャパシティーに対する投資額を決定する。デザインインがうまく進めば設計部門は現製品の改良のロードマップとともに次期製品のロードマップに取り掛かる必要もある。

半導体業界におけるデザインウィンとは?

さてこのように重要な目安であるデザインインだが、実際にカスタマーのエンド製品の設計が完了していざ市場に出されたがそのエンド製品が一向に売れない場合もある。

これにはそのエンド製品の市場性に問題があったり、カスタマーのマーケティングが成功しない等々の多くの理由があげられるが、デザインインした半導体メーカーとしては非常によろしくない事態になる。これでは売り上げが思うように立たず、せっかく長期にわたるデザインイン活動をしたが、その時間と労力が無駄になってしまう。こうした事態をできるだけ避けるために営業・FAEのグループにはデザインインの数のみならず、実際にどれだけ営業成績につなげられたかを測る「Design-Win(デザインウィン)」というもう1つの目標が与えられる。

デザインウィンは単純に言ってしまえば当該製品の売り上げ額となり、営業職・FAEにとってはもっとも重要な数字であるがこの達成はなかなか難しい。いくら自社の半導体製品が優れていてもエンド市場やカスタマーの事情に大きく左右されるからだ。

ここで思い出すのはAMDとIntelの組み込み用プロセッサー製品での熾烈な競争である。x86 CPUの技術競争と並行して半導体各社によって繰り広げられていたのがRISC(Reduced Instruction-Set Computer)プロセッサーの技術開発競争である。1980年代の後半、半導体各社は複雑なx86の命令セットと異なり、単純で短い命令セットを少数搭載してハードの性能を効率よく上げる32ビットRISCプロセッサーの開発に注力していた。

AMDの「Am29000」、Intelの「i960」、Motorolaの「88000」、National Semiconductor(NS)の「NS32000」など各社がしのぎを削って繰り出したRISCプロセッサーたちは1990年の後半には結果的には姿を消してしまったが、このころの各社の技術競争の時代は非常にわくわくするものであった。その中でもAMDとIntelの競争は非常に熾烈であった。

  • Am29000

    当時、組込市場を席巻したRISCアーキテクチャに基づくAMDの自信作Am29000 (C)THE SPIRIT OF ADVANCED MICRO DEVICES

当時、RISCプロセッサーの営業・FAEのチームが毎週行っていたデザインインの状況報告を聞いていた身としては、当時はやりだしたポストスクリプトを利用したレーザープリンターのエンジンや、描画処理用のサブシステムなど、実に多くの高性能組み込みアプリケーションでAMDのRISCプロセッサーのAm29000が採用されていくのだが、AMD部隊がいく先では必ずと言っていいほどIntelのi960部隊との熾烈なデザイン獲得競争がくりひろげられていた、という話を今でもよく覚えている。

なお、デザインインの競争ではAMDとIntelは完全な互角の状態であったが、デザインウィンの競争では結局両社「痛み分け」という結果になった。どういうことかというと、デザインの数では大変に多くのアプリケーションを獲得したのだが、各々の案件の総体ボリュームの規模が小さかった結果、そうして各社が熾烈な競争を繰り広げて獲得したビジネスがプロセッサーの開発コストをカバーしきれなかったということである。半導体は果てしない技術競争の世界であるが、「売りあがってなんぼ?」の世界でもある。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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