おびただしい数の部品がぎっしり実装されるパソコンやスマートフォンの基板は、今まで仕事柄なんども見てきたが、AMDでの勤務が長かった私の主な関心事は常にCPUやメモリーであり、その他はせいぜいネットワーク、周辺機器用の専用コントローラーなどであった。

これらはすべていわゆる高集積のLSIである。しかし、私はAMD勤務後にウェハそのものを提供するビジネスを経験し、CPU・メモリーや専用デバイスなどの他にもたくさんの種類の部品がエレクトロニクスを支えていることを知った。

LSIをシステムの顧客に売り歩く仕事とウェハを半導体会社に売り歩く仕事は、同じ半導体業界といえどもまったく別世界のものであった。パワーデバイス、MOSFET、MEMSなどの顧客もあったし、コンデンサ、オシレータなどの顧客もあった。

最近ひょんなことからあるビジネス誌の記事を読んでいてそれまで幾度も聞いていた「能動部品」と「受動部品」という電子部品の分類用語が頭に浮かんだ。一般的な定義で言えば「能動部品」とは「外部から与えられたエネルギーを増幅・整流することができる部品」で、ICやFETなどがこれに含まれる。「受動部品」とは「外部からエネルギーを受け取って消費・放出する部品」でコンデンサや抵抗などがこれに含まれるとある。

  • マザーボード

    PCのマザーボード上にはCPUやDRAMをはじめとして、たくさんの電子部品が実装されている

印象的にはICなどの能動部品が電子機器での主役であり、コンデンサなどの受動部品は脇役であるような印象があるし、この2つの業界は実質的にまったく違う世界で、業界人もお互いにほとんど交流がないのが現実である。しかし電子機器の基版上のどの部品が欠けても最終製品は出来上がらない。ほんの砂粒ほどの大きなのコンデンサが足りないだけで、CPUが足りない場合と同じようなインパクトが生じるのである。今日の電子機器のサプライチェーンは相当複雑でグローバルに展開されているので各メーカーの購買担当者は大変である。

  • チップ抵抗器

    まさに砂粒サイズの受動部品。砂時計の中にいれて、砂の代わりとして使うこともできる大きさである。ちなみにこれはチップ抵抗器を砂時計の中に入れたデモを撮影したものである

5Gの成長性を見据えてTDKとの合弁会社を買収したQualcomm

最近のニュースで私が注目したのは、QualcommがTDKと合弁で設立したRF360 Holdingsを買収したという話だ。

QualcommのCPU・モデムなどの能動部品とTDKが提供する受動部品をセットでトータルソリューションを提供しようとする動きである。今まで合弁会社であったものをQualcommが買収して自社のプラットフォームを使う顧客を囲い込もうという戦略である。

TDK側が提供する受動部品の内容は従来の抵抗器・コンデンサなどに加えてここ5年くらいで市場が急拡大しているSAWデバイスに代表される高周波フィルターが含まれる。

高周波フィルターは3/4/5Gと段階的に帯域を広げる(LTE:Long Term Evolution)無線通信には不可欠なデバイスである。Wi-Fiが社会インフラ化した今日の世の中ではいろいろな周波数の信号が飛び交っており、その中からその区域のWi-Fiに必要な周波数をつかみ、不必要な周波数をフィルタリングする大事な役割を果たす。スマートフォンの爆発的な普及とともにSAWデバイス市場は急激に拡大した。この分野ではTDKをはじめとする日本ブランドが大きな市場シェアを持っている。そのTDKの技術を自社のプラットフォームの陣営に取り込んで、セット販売をしようというのがQualcommの狙いである。

この分野でのもう1つの大御所である村田製作所もすぐに手を打ったようだ。最近の報道で村田製作所は米国ナスダック上場企業のレゾナント社に資本参加するという記事を見かけた。

レゾナント社は高周波フィルターの大手で独自の技術を持った高精度のSAWデバイスを開発している。こうした高度の技術は来るべき5Gの普及を支える基本テクノロジーでCPU/モデムなどの能動部品サイドを掌握するQualcommに対しても大きな対抗軸となるということであろう。フィルターデバイスなどはもともと酸化物ウェハなどが素材として用いられていたが、より手軽なシリコンウェハを主材料とするBAWデバイスなども出てきている。シリコンの高度な加工技術とその物性的強度がこういったトレンドを生み出しているが、その基本的な考え方がシリコンの物理的な"たわみ"を電気信号に変えるMEMSデバイスの仕組みである。高い周波数の超高速のスイッチで演算速度を上げていくCPUの回路をシリコンに作りこんでいくには超微細な加工技術が必要とされるが、MEMSデバイスの仕組みはシリコンの物理的な運動を電気信号に変えて実現するというまったく違う考え方である。

CPUメーカーのAMD社で長らく勤務した私は、その後シリコンウェハの会社で6年間お世話になった。入社したての頃は「同じ半導体業界だから何とかなるだろう」くらいに考えていたが入社早々こちらはまったく異なる世界であることを思い知らされた。幸いこの世界で長年経験を持つ生き字引のような先輩に巡り合えていろいろと教えてもらい、何とか仕事をすることができたが、今考えてみれば大変に貴重な経験であったと思う。

  • MEMS

    MEMSデバイスの構造例。支持基板に空洞を作り、その上に蓋をするイメージ (著者所蔵イメージ)

日本では能動部品としての半導体デバイスのメーカーは1990年代にピークを迎え、その後坂を転がるように衰退してしまったが、日本の受動部品メーカーはスマートフォンの爆発的普及の波に乗りグローバルに活躍している。

Qualcommのセット販売は成功するか?

さて今回のQualcommのセット販売の戦略であるが、スマートフォンの世界中のデザインにデファクト・スタンダードを打ち立てることができるだろうか? これを決定づける要因は下記のようにいくつか考えられる。

  • QualcommのCPUと5Gモデムの技術には一日の長がある。特に5GモデムはIntelが開発を諦めた後その開発部隊をAppleがそのまま買収した経緯がある。しかしHuaweiに代表される中国の新興勢力の技術力もまったく侮れない。
  • Qualcommの技術を受け入れるユーザー側(スマートフォンメーカー)の心理は複雑である。セット販売は設計コストを格段に抑えられる利点があるが、差別化の機会を減退させる。差別化がなければ結局コスト勝負になり、ベンダーであるQualcommに主導権を渡すことになる。この選択はスマートフォンというハードに差別化の価値をつけるか、アプリケーションやサービスに価値をつけるかの選択になる。
  • 米中の貿易戦争は国家間の技術防衛の様相を呈しており、米国企業のQualcommと日本企業のTDKの組み合わせは完全に米国側と考えられる。これにより販売市場は政治的に限定されるリスクは非常に大きい。

セット販売はよく「トータルソリューション」などと格好のよいマーケティングがされるが、それはもろ刃の剣であることはいつの時代でも変わらない。