3年目を迎えたコラムが第100回に

2017年の7月にスタートしたこのコラム「吉川明日論の半導体放談」が今回でちょうど100回目を迎えることとなった。人間はよく50とか100などの切りのいい数字を迎えると何かとありがたがる。売り上げ目標なども、「100憶円達成」とか「1兆円達成」などの切りのいい数字を目指すのは何も日本人だけではない。2019年はAMD社創立50年で社内ではかなり盛り上がったらしい。そこへきて、さて次のコラムを書こうと思ったら今回が100回目に当たることに気が付いた。まずはこのような脈絡のないコラムを読んでいただいている読者の方にお礼を申し上げたい。

ご愛読誠にありがとうございます!

そもそも、私がこうした話を書くことになったのは、AMD時代から何かとお世話になっていた編集者と、とある会合で偶然再開して、「AMDの頃のことを書いたコラムをやってみませんか?」というお話をいただいたのがきっかけだ。

人様に読んでいただくに足りるものが書けるかどうか最初は非常に不安だったが、私が24年間のAMD社での勤務での経験をもとにして書かせていただいた「巨人Intelに挑め!」は2015年3月に連載が始まり、84話で完結した。プロのライターでもない私のようなものが一定の読者を獲得してこれだけ書き続けてこれたのは、私の力量というよりは多分にAMD社での実体験の内容によるところが多かったと思う。確かにAMDでの体験は成長期の半導体業界の中にあって、多岐にわたる豊富でユニークなものではあったし、現役では書けないような裏話も含めて書き続けた。そのAMDの話題が完結すると、編集部から今後はトピックを限らないコラムをやらないか、という話をいただいて、2017年7月からこのコラムがスタートしたというわけである。

  • 吉川明日論の半導体放談

    AMDについての連載が2017年7月に終了後、まもなく新連載として「吉川明日論の半導体放談」が始まった

近年さらに重要性を増す半導体

2年間で100話というのはほぼ週一のペースである。AMDでの体験談はもともとベースがあって、その記憶をたどりながら保有している過去の資料、Webなどで記憶の確かでない部分を補うという書き方であったが、今のコラムは時宜に応じたネタを自分で決めて、30年間という長きにわたり半導体業界に身を置いた私の視点で現代の注目のトピックを取り上げてみるという形式である。

第1回のタイトルは「たかがハードウェア、されどハードウェア」であった。ここで私が「ハードウェア」と呼んでいるのはもちろん半導体のことである。2年前の私の頭の中には、「まさにハードウェアの権化としての半導体デバイスそのものは、エレクトロニクス市場での主役の座をソフトウェアに完全に譲ってしまった」という印象があり、それに対するアンチテーゼのつもりでつけたものであった。しかし、2年が過ぎた今私が持っている印象は正反対である。今や半導体技術は国際関係での力学を左右するほどの重要性を帯びている。経済規模、人口、軍事力などと並んで半導体は国力を決定づける戦略的に重要な要素となっているのである。

  • 半導体

    半導体技術は国力を左右する戦略的重要性を持っている (著者所蔵イメージ)

この2年間で起こった業界のパラダイムシフト

正直言って、このコラム開始当初はAMDでの体験談を離れて、業界で起こっている事柄について時宜を得た話を継続できるだろうかという不安があった。しかし、加速的変化を続ける半導体を含むエレクトロニクス業界全体に目を向けると記事になるネタはいくらでもあった。過去の99話のタイトルを眺めて、その内容をざっくりとした3つのまとまりに仕分けしてみると次のようなものとなった。

  1. 半導体製品、技術、企業・市場の動きに関するもの:50%
  2. GAFAなどのプラットフォーマー、自動車、AIなどの業界全体に関するもの:30%
  3. 世界政治・経済、国際関係、米中問題などのより一般的な問題に関するもの:20%

という具合に、あくまでかつての半導体屋の目を通して業界の話題に目を向けて記事を書いた結果、内容的にはこのような大きな広がりになった、ということは近年ますます半導体の重要性が増しているということであろう。

特に強く感じる業界でのパラダイムシフトは次のようなことである。

  • 半導体業界のブランド統合は行くところまで行ってしまった感がある。しかもファブレス企業とTSMCに代表されるファウンドリとはその役割がはっきりと分かれてしまった。かつてのIntelの圧倒的優位性は薄れ、しっかり生き残ったAMDは相変わらず「巨人Intelに挑んで」いる。この事実はコラムを書き進めるモチベーションともなっている。
  • 今や半導体技術を主導するのは半導体メーカーだけではない。GAFAはもちろんのことTesla、Huawei、Alibaba、Tencentのような巨大プラットフォーマーたちが自ら半導体の開発に乗り出してきている。これらの巨大経済圏はそれ自体巨大な半導体市場となって、業界全体に大きな影響を与え続ける。
  • 米中、日韓の貿易摩擦の展開でも明らかなように、半導体は国際関係の力学に大きく影響を与える戦略的役割を担っている。

最近とみに感じるのは、話を書くスピードが業界の加速的変化に追い付かないことである。この2年間で起きたパラダイムシフトは今後もさらにそのスピードを加速し、我々をとんでもない世界に持って行こうとしている。そうした時代に生きる者としてはこの変化の時代の本質は何かという事に目を向け、しっかりとくらいついていきたいと思っている。また毎日のように飛び込んでくる業界のニュースは今となっては単に興味の対象でしかないが、一時は業界にどっぷりと身を置いた者としては、怖いもの見たさのような不思議な興奮を覚えるのである。現役を引退して気力も体力も失せてしまった私であるが、やはり半導体業界での30年間の経験は今まさに起こっている事象への本質理解の拠り所となっていると感じる。私にこうした経験を与えてくれたAMD社を始めとする半導体業界全体にはただ感謝である。

激烈な業界に身を置く読者の皆様の日々の活動に微力ながらお役に立てるものを書きたいと思っている。今後もよろしくお願いいたします。