本連載では、排ガス規制強化の対応となるEV普及に向けた課題とそれに対する海外の先進ビジネスモデルBaaS(Battery as a Service)を紹介している。第2回目の今回は、EV先進国の中でも、特にBaaS事業が発展している中国における現状を紹介していきたい。

中国で先行する商用車BaaSの現状

BaaSとは連載第1回でも紹介したとおり、EVユーザーが車の電池を保有するのではなく、電池をレンタルし、交換ステーションで充電済みの電池と入れ替えながら利用するビジネスモデルである。

中国のBaaSモデルの展開は商用車領域で先行している。商用車には、タクシー、ライドシェア、カーシェア、バス、物流車両と専用車両が含まれる。

現時点では特にタクシーとライドシェアでの電池交換式EVの導入が先行しており、中でも先頭を走る北京市では、2020年11月時点で約1万台の電池交換式EVタクシーが導入されており、2021年末までに2万台を実現できる見込みだ。

ちなみに北京市のタクシー総数は6万台強であることから、電池交換式EVがかなり浸透してきていることがわかる。北京市に続き、広東省と浙江省でもタクシーを中心に電池交換式EVの導入が進んでいる。

一方、ライドシェアの領域においても電池交換式EVの導入が加速している状況だ。ライドシェアの配車サービスプラットフォームを提供する「曹操出行」(CAOCAO:ツァオツァオ)は車両をEVに特化しており、2021年内を目処に3万台のライドシェア用車両を電池交換式EVにシフトする計画だ。

なぜ商用車から電池交換式EV·BaaSモデルが先行するのか

では、なぜ商用車から電池交換式EV·BaaSモデルが先行するのか、商用車側からの視点とBaaS事業者からの視点で見てみたい。

1.商用車側からの視点

1つ目に初期投資が挙げられる。 タクシーとライドシェアの車両の選択肢は3つある。ガソリン車、充電式EVと電池交換式EVだ。車体価格からみるとそれぞれ同レベルの車体サイズ・品質間での価格差は大きくないが、電池交換式の場合はEVを購入する際、車の全体価格の1/3を占める電池部分をBaaSでレンタルできるので、初期投資は本来の2/3になる。

車載電池に安全性が高い三元系リチウムを用いる場合の平均価格は1kWhあたり約18,000円で、現状50kWh程度の電池を搭載するケースが多いため、約90万円程度初期投資をカットできる計算になる。

2つ目は運営コストだ。中国のBaaS運営モデルの主流は、走行距離1kmあたりに対して電池の利用料金を課金徴収し、充電池を交換するというものだ。

北京汽車の電池交換ステーションの場合、1kmあたり約6円と設定している。ガソリン代の平均10円/kmと比べて4割安くなる計算だ。1日平均300kmを走るタクシーの場合、月に3万6千円の運営コストダウンになる。稼働率が高いタクシー、ライドシェアのような商用車にとって、電池交換によるコストダウンは月々の収益改善に直結する。

商用車にとって、BaaSモデルのもう1つの大きなメリットは、劣化や故障電池の交換費用を考慮しなくて良いことだ。電池を所有すると数年後の劣化電池の更新費用が発生するため、上記の初期投資で述べたと同様に数十万というかなり大きな出費をEVが寿命を迎えるまでの間に1〜2回は負担することになる。

3つ目は、ユーザー体験が挙げられるだろう。電池交換ステーションでは、所要時間3分弱、完全自動で電池交換ができ、ガソリンスタンドでの給油より便利になりつつある。

また、スマホアプリを使い電池交換ステーションの満充電電池の数量や混雑状況などを確認できることも、ユーザーとしてはとても便利だ。ドライバーは確実に電池交換できるステーションを選択することで、スムーズな電池交換が可能なのだ。

このようなスムーズなユーザー体験を実現するためには、電池交換ステーションの分布や数を戦略的に考慮する必要がある。2021年5月時点、北京市内には215の電池交換ステーションが設置されており、まずタクシーやライドシェアの活動エリアを中心に分布している。ほとんどのステーションは交通のハブになるガソリンスタンドや大型モールの駐車場などに設置されており、車で大抵10分〜20分で到達できるようになっている。

  • 商用車からBaaSモデル先行の理由

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2.BaaS事業者側の視点

2021年6月時点の中国全土の電池交換ステーションの数は716、そのうち約半数の338は奥動(オールトン)社製だ。

奥動は、電池交換ステーション事業者であり、すでに1,000以上の電池交換の特許を所有している。当面の事業ターゲットは商用車だ。上述したように、商用車側に対し、電池交換式のBaaSモデルはメリットがある一方、 奥動のような事業者側にとっても、まず商用車をターゲットとする理由がある。

理由の1つ目に、商用車は標準化しやすい点が挙げられる。 電池交換ステーションは、ある程度標準化(車体のサイズ、電池の規格など)された交換用電池を配備する必要があるが、タクシーやライドシェアの車種は地域ごとに同じ車種を使う傾向があるため、特定のEVメーカーとの共同開発がしやすい。

奥動は北京汽車、上海汽車などと連携し、各地域のEVタクシー、EVライドシェアの電池交換標準化を進めている。現在、奥動の電池交換ステーションでは約20車種が交換対応可能であり、ステーションの利用効率向上を実現した。事業者側にとって、BaaS事業の収益ポイントは電池交換ステーションあたりの使用頻度になるため、多くの車種に対応できるステーションの方が稼ぐ力が強いことになる。

2つ目に、商用車の走行距離と移動エリアが一定である点があるだろう。 商用車のタクシーを例にあげると、中国のタクシーの一日の平均走行距離は300km程度、都市によって差はあるもののほぼ日本と同じだ。搭載バッテリー容量にもよるが、平均して一日1〜2回の電池交換が必要になる。タクシードライバーは自分の馴染みのある同じエリアで移動して顧客を捕まえるケースが多いため、電池交換事業者はタクシーやライドシェアの数が多いエリアを基に、必要な電池交換の回数を計算して、電池交換ステーションを設置することが可能だ。つまりある程度電池交換ステーションの稼働率や事業収益を予測しやすい。

実は、電池交換ステーションの投資は高額で、規模によっては数千万〜1億円という数字が出ている。奥動の電池交換ステーション3.0では、1ステーションあたり28枚の電池を搭載し、一日の交換能力は最大約420回、投資金額は8千万程度である。このような規模感の電池交換ステーションの損益分岐点は30%の稼働だと言われる。これをクイック・ウィンで実現するためには、まず特定のエリアに集中し、使用頻度が高い消費者セグメントからカバーしていく必要があるのだ。

ここまで見てきた通り、中国の奥動は電池交換ステーション事業において、EVメーカーや電池メーカーと協業することで独自のビジネスモデルを築いた。

一方で、今後ゼロからBaaS事業検討をスタートさせる日本市場においては、各ステークホルダーの、他社にはない市場優位性を活かした異なるビジネスモデルが十分に考えられる。

バッテリーメーカーが、電池交換式EVの標準化にいち早く参画し、ステーション事業の運営まで拡大していくケース、あるいは好立地のガソリンスタンドや大型駐車場など、交通のハブを抑えている事業者がステーション事業に乗り出すケースもあるだろう。

実際に、ENEOSホールディングスは、2021年6月にアメリカで電池交換ステーションを手掛けるスタートアップAmple(アンプル)との協業開始を発表している。中国BaaSの事例はあくまで参考として、日本市場の特性も考慮した日本らしいBaaS事業が誕生することを期待している。

【著者】

胡原浩(こはらひろ)
株式会社クニエ
パートナー、グローバルストラテジー&ビジネスイノベーションリーダー。主にM&A、会社/事業戦略、経営企画・改革支援、新規事業戦略、イノベーション関連などのプロジェクトを担当。 中華圏を含めグローバルにおけるEV/モビリティ、蓄電池、エネルギーとハイテク関連の経験豊富。 早稲田大学理工大学院卒業、早稲田大学経営管理研究科(MBA)

王延暉(わんいぇんふぇい)
株式会社クニエ
クニエのグローバルストラテジー&ビジネスイノベーショングループに所属。モビリティ分野及び中国市場関連を中心に、クライアントの海外進出支援や新規事業確立の支援等を担当。 特に車載蓄電池分野において、技術開発の実務経験を持ち、新規事業立案から実行支援までのプロジェクト経験がある。 大阪大学大学院卒業