新型コロナは人に何をもたらしたのか?

6人の有識者たちが繰り広げた「異種格闘技戦’20」。その前半戦のトークテーマは「今の時勢をどうとらえているか?」。はたして異なるバックボーンを持つ有識者たちは、1年ほど前では想像もできなかった現在のこの状況をどうとらえているのであろうか。

最初に口火を切ったいのはウスビ・サコ氏。「私はこの一年はある意味で良いことが多い一年だったように思う。人間のために便利なもの、機能的なものを作っていく中で一番忘れがちだったのは“人間”というものだったと思う。新型コロナウイルスによって“人と人との関係”、“家族の関係“、”自分自身“について気付くきっかけが与えられたと思う。今後は”人間とは何か”というものを中心に考える世の中になっていくと思う」と持論を展開した。

  • ウスビ・サコ氏

    コロナ禍で”人間”について考えるきっかけが与えられたとするサコ氏 (異種格闘技戦の配信画面をキャプチャしたもの 以下すべて同じ)

デジタルをやりこなした後に残る大事なもの

これに呼応したのが暦本氏。同氏は人間とコンピュータのより快適な関係について研究を行ってきたことを踏まえ、「学会などがすべてオンラインになり、オンラインでうまくいっていることも多いように思う一方、フィジカルな事の大事さも際立ってきているように思う。バーチャルでできることはすべてバーチャルでやった後に、最後に残るローカルやフィジカルというものが人間の一番大事な所のように思う。デジタルをやりこなしたあとに残るローカル、フィジカルについて考えたい」と述べた。

SNSのネガティブ、ポジティブ

サコ氏、暦本氏の発言を受ける形でスプツニ子!氏は、「驚くほどの速さでオンライン化していき、デジタルトランスフォーメーションがものすごいスピードで進んだ中で、人間同士のコミュニケーションの在り方、情報の流れの在り方をデザインしなければならない時代だと考えている。 フェイクニュースの蔓延やインターネット上の誹謗中傷の加速などが社会にとってのネガティブなインパクトをもたらしている。デザイナーによるユーザーインターフェースのデザインのように、情報や教育のデザインが重要だと考えている。こちらはSNSによるネガティブなものだが、期待している点もある。これまでは未来の提案を考えるとき、テクノロジーであってもデザインであっても、意見の発信者はアメリカだと白人の男性、日本だと男性など、かなり偏った視点からの提示が多かった。しかし、ソーシャルメディアのおかげで女性やLGBT、黒人など多様な視点をくみ取って未来を創ろうという動きが出てきているのはいいことだと感じている」と、MITメディアラボでの経験を踏まえたであろう発言をした。

  • 暦本氏

    デジタルをやりこなした後に残る、ローカルやフィジカルについて考えていきたいとした暦本氏

  • スプツニ子!氏

    SNSに期待できる部分とネガティブな側面を述べたスプツニ子!氏

コロナ禍で気づけた身近なこと

続いて深澤氏が、工業デザイナーとして数々のプロダクトのデザインを手掛けてきた経験を踏まえ、「新型コロナの時代に自分が学習したことで興味深かったことは自分が動ける狭さについて分かったことである。自分の生活に何が必要かわかった期間だった。大学の授業がオンラインになったことで、朝9:00~夕方17:00まで座りっぱなしで授業を行っていた際、自分自身でデザインし、世間からは座りごごちがいいと言われていた椅子に座っていたがさすがにお尻が痛くなった。その時、自分の作ったものの必要性に気付いてなかったことに気づいた。やはり、体験から学ぶことは多いと思った。今まで感じられなかった。かなり身近なことが分かったのが興味深かった。また、ニュースでは感染者のグラフや数値だけが報じられ、人間がどう動くとどう感染が広がるかなど俯瞰情報がないことに動揺した。これだけの情報社会の中で的確な情報をどのように伝えなければならないのか自分も考えなくてはならないと思った」と述べた。

この深澤氏の発言を受け、モデレーターの山口氏も「世の中にある今のものは以前の生活をスタンダードとして最適化されている。毎日、東京だと800万人の人が移動することを前提に駅や駅ビルがデザインされている。家も昼間は家にいないことが前提だったがそうではなくなる。リデザインする必要がでてくるのではないか」と意見を重ねた。

  • 深澤氏

    新型コロナの報道のされ方に疑問を投げかけた深澤氏

  • 山口周氏

    モデレーターの山口周氏

オンライン販売ではわからない変化とSNSで増えた自殺

海外での活動が多い山口氏は、そうした経験を踏まえ、「日本での経営と途上国でのモノづくりという形でやってきたが、経営に関しては従業員200名同時に研修ができるなど効率的になったと思う反面、デザインは何度もOCS(国際輸送)などで型紙を送ってやり取りをしてもバックが出来上がらなかったり、モノづくりをリモートを行うと納得のいくモノを作り上げるのは難しいと感じることもあった。オンラインの売り上げが伸びる半面、お店を開け始めた際に、オンラインではわからなかったお客様の声が分かった。週の半分が在宅、週の半分が出社というライフスタイルの変化により、オンオフ兼用のバックがかなり伸びてきた。そういった変化をキャッチするのは売り上げデータだけでは難しいと感じた」とした。

また、「途上国から世界に通用するブランドをつくる」を理念とし、早くから途上国での工場の立ち上げをしてきた同氏に対し、山口氏は今年の世界経済フォーラム(ダボス会議)のテーマ「Great Reset」に触れ、「これまでは先進国がどんどん経済成長し、途上国に資源を与える事で伸びるというシステムでやってきたが、経済成長だけを追い求める事で経済性と人間性が乖離していき上手くいかなくなってきた。だからもう1回リセットして考えようというテーマだが、先進国の成長を止めて見直すという事の功罪をどうみるか?」という問いを投げかけた。これに対し、山口氏は「工場拠点のあるミャンマーでは最近軍事政権の崩壊により、SNSを始める国民が増えた。すると、同時に自殺率が非常にあがった。今までは他と比較しなくてよかったのに、比較した際に未来が明るく見えなくなった若者が多かったのだと思う。また、バングラディシュではコロナ禍においてマスクや手洗いについて伝えるのが難しく、手ではなくスプーンを使おうという事もなかなか理解されなかった。そのことで教育=経済の発展につながると改めて感じた」と答え、途上国にテクノロジーが入る事の功罪や教育の問題について議論を進める必要性を感じるとした。

  • 山口氏

    途上国での経験を述べる山口絵理子氏

不便だからこそ得られる益

最後は川上氏。不便だからこそ得られる益、“不便益”を提唱している同氏は、「このコロナ禍で不便とは? 便利とは? という事についてもう一度考えさせられた。便利というのはなんでもできることなのか? それともなんにもしなくていいことなのか? という新しい問いが出来た」とコロナ禍で感じた「便利」という意味そのものについての感想を述べたほか、「さきほど、暦本さんが、『最後に残るフィジカルやローカルが一番大事』と語ってくれたけど、この最後に残った“フィジカルやローカル”というのは“不便なこと”に言い換えられると思う。いつでもどこでも誰とでもが“便利”だとすると、“今だけ”“ここだけ”“僕らだけ”というのは不便だと思う。これは、山口さんが述べたオンラインという便利な販売方法では見えなかったお客さんの姿が店舗という不便な方法では見えたという事がそれを表しているように思う。この春先からの変化でみんなが不便でなくてはいけないことを体感できたのではないかと思う」とほかの人の内容を踏まえた話を展開。この川上氏の“不便”の定義に思わず、モデレーターの山口氏も「おもしろい!」と膝を叩いた。

  • 川上氏

    これまでの意見を自身が提唱する”不便益”に照らし合わせ、意見を述べた川上氏

各専門家ごとの視点で切り取ったコロナ禍の今という時代の見方。これを踏まえ、議論はさらに白熱の度合いを増していく。次回はこの前置きを踏まえた6人の有識者たちが本気で交わした「コロナ後に問われる“ものさしの当て方”」に関する議論の様子をお届けしたい。

(次回は11月13日に掲載します)